日本の合唱界を牽引する――田中信昭(後編)

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日本の合唱界を牽引する
「あっという間に混声四部が…… 目を輝かせる子どもたち」(後編)

10代の多感な時期を戦中戦後の渦中に揉まれながらも、
日本の合唱界における第一人者となった田中信昭氏。
後編は氏が合唱と出会い、現在の東京混声合唱団の根底となる、東京藝術大学に入るまでのお話をうかがった。
(こちらの記事はうたの雑誌「ハンナ」2013年7月号掲載記事です。前編はこちら


 図らずも中学校の音楽の教師になった私は、ほら、旧制高等学校では医者になるつもりで勉強をしていたし、音楽の専門教育を受けていないから、教えるためにはまず自分が勉強しなくてはならなかったのね。
 朝早く学校へ行って、職員室で楽典の教科書を読む。第一章から読んで、これは高音部記号、ここは第一線とか第一間とか覚えて、そのまま教室へ行って黒板に書いて教えるわけ。
 9クラスあったから順番に9回同じことをしゃべる。自分も最初は付け焼刃だけれどちゃんと覚えるんですね(笑)。授業は、楽典を教えているだけじゃダメだから、歌も教える。学校にはピアノもオルガンもなかったので、譜面の音を知らせるためには、私が自分で歌うしかなかったわけ。で、それも9回同じことを歌う。
 あの頃の木造校舎では隣の教室の歌声が次の教室に筒抜けだった。そうしたらおもしろいことに、隣の教室でなんか良いうた歌っているぞおもしろそうだな、と私が次に授業に行った時には生徒たちがもうすっかり歌う気になっていて、前のクラスよりもどんどん早く歌えるようになるのね。済んだ方のクラスも数学かなんかやりながらもう一度聴いて、隣のクラスは上手いなとか、自分たちの方が音がきれいだとか……楽しんでいたんです。
 そうやっているうちに、単旋律の歌ばかりじゃおもしろくなくなってきて、音を重ねてみようということになった。最初は二声部にしたら、一段とおもしろくなってどんどん歌う。あっという間に混声四部合唱ができるようになりました。声と声が出逢って上手くハモった時というのは、それを経験した人でないと実感できない特別な手ごたえがあるから、あの頃は戦争の直後で本当に何もなくて、ボロ服に、中には靴も履いてない子もいたけれど、全員のハーモニーがそろって自分たちの出している音が創り出す特別な空間を体験すると、ああ! って目を輝かせて喜ぶ。あれは、本当にいい体験でした。
 その生徒たちが集まって、中学校で合唱部を作ろうよ、と言い出した。せっかくだからコンクールに出てみようか、と出場したら大阪府で一位になって、ご褒美に関西交響楽団と共演させてくださってね。ドヴォルザークのゴーイングホームってあるでしょ。あれを朝比奈隆さんの指揮でオーケストラと一緒に歌ったんです。それを知った校長が、それは私を雇ってくれたのとは違う校長先生でしたが、「お前、そんなことやっていたのか!」って、グランドピアノを買ってくれました。ナントそれまで、ずっとピアノが無かったんです。
 3年間続けて、本当に音楽の教師というのはすばらしい大切な仕事だ。私ももっと勉強しなきゃと思って、受験勉強のために教師をやめたのね。大阪にBK大阪放送合唱団というすばらしいプロ合唱団があったので、そこに入って1年間歌っていました。現場での体験ができたし、放送での指揮者デビューも実はそこでしたのです。夜は勤めていた中学校の、例の買ってもらったピアノを弾いて勉強をして、東京藝大を受験して1年後に入学したわけです。
 藝大に入ってからも「アンサンブルできなきゃダメだよ、歌い手は」という話にすぐなってね。ほら、中学校の生徒たちとの経験があったから。何も知らないハナタレ小僧の生徒たちでも聴いたことのないようなすばらしいアンサンブルができる、あんなに美しい音を鳴らすことができるんだ、と学びましたから、藝大でみんなソロばっかりやっているけど、アンサンブルできなきゃしょうがないじゃん、と藝大でもまたみんなと合唱を始めたわけ。その話はまた次の機会に。
 なんだか音楽の話は何もしなかったですね(笑)。
 不良の、勉強の嫌いなどうしようもない男の子なんかが、教室から良い音がしていると、フッと部屋をのぞくんですよ。たぶん他では受け入れてもらえないんだろうけど、いつも来るもんだからみんなが「おいでよ、一緒にやろう!」って声をかけていました。結局、今やっていることはあの時と同じ。私にとっては、あの生徒たちとの経験が合唱活動の原点ですね。

(うたの雑誌「ハンナ」2013年7月号より。前編はこちら

この記事を掲載のハンナ2013年7月号はこちら
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日本の合唱界を牽引する(後編)
田中信昭氏、これまでの合唱人生を語る
田中信昭氏と東京混声合唱団 半世紀の歩み

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