横山幸雄ピアノQ&A136 から  Q17 ピアノの勉強は独学では無理?

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作曲家の残してくれた楽譜から、音の高さや長さ、強さは読みとれますが、タッチや音色をいかに表現するかなどについては現存のCDを聴いて研究し、また自分の演奏をテープに録音したりして独習することはできるでしょうか。


 Q11で答えているように、本来「自分の感じていること、やりたいことを表現すること」が音楽の基本であり演奏であるとすれば、独学は決して悪いことではないはずだ。だが、百年に一人の天才でもない限り、自分の感じていることを簡単に演奏できてしまう人はまずいないだろう。また、自分自身の悪い点に自ら気がつくのは、非常に難しいことだと思う。自分で楽しむだけなら独学もいいと思うが、そこでもし壁を感じたとすれば、先生につくことは決して悪い選択ではないはずだ。

 もちろん一流の演奏家のCDを聴いたり演奏中の映像を見たりして研究することも十分可能だ。しかし一流と呼ばれている人でも、アカデミックな見地から見て、必ずしも百パーセント理想ということはあり得ないわけで、欠点さえもその人の個性と感じられるほどの基礎能力がしっかりしていてこそ一流なのだ。そこまでを普通の人が見極め、さらに単にマネにならないように自分のものとして吸収するのは並大抵のことではない。

 そういった面を考慮すると、CDやビデオからのみ研究をするのには、はやり限界があるのではないか。もっとも、いろいろな音楽書を読みさまざまな演奏を聴くことによって得た知識のみで、独学でいい演奏をする人がいたとしても、そのこと自体はなんら驚くにはあたらない。それは研究のレヴェルを越え、その人自身の音楽として消化されていればあり得ることだろう。要するに、独学は可能だろうけれども、難しいということである。

 ところで、自分の演奏を客観的に見るために音源や動画に撮ってみれば良いと思っている人もいるだろう。ピアノの練習をするときにも最も理想的な状況とは、自分の出している音を完全に耳で聴き分けられていることである。つまり、自分の演奏をテープに録ってみて「こんな演奏をしたはずではない」と思うのならば、それはすなわち弾いているときに自分の音が聴こえていないという何よりの証拠だ。テープを聴いて部分的なことを修正するよりも、自分の耳の感性の精度をあげることのほうが、もっと上達への近道になるはずである。もちろんプロの演奏家のレヴェルでも、例えばCDの録音をするときにプレイバックを聴いてみて、思わぬ演奏をしてしまっていると感じることもときにはあるはずだ。それによって修正していく点も確かになくはないが、それだけに頼ることは非常に危険だろう。

 順序立てて考えてみると、まず自分の出したい音を最初に頭の中に明確に描く。それが明確であればあるほど、描いた通りの音が鳴っていなければ、すぐそのことに気づくはずだ。逆に言えば、自分がどう演奏しているのか気づかない場合の多くは、演奏する前に思い描いているイメージが明確ではない場合だろうと思う。僕の理想としては、「どう演奏しなければいけないのか」がまずありきで、それを踏まえた上で「どう演奏したいのか」が頭の中で明確に描けていること。それが演奏への前提となる。その頭の中にある理想に近づくために練習を重ねていくのだ。ピアノの勉強とは、スポーツのように速く指を動かしたり強い音を出すだけではない。何度も言うが、それは表現するための一手段にすぎないのだ。


「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 2 学ぶ・教える」

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