ショパン2024年5月号 連載 フィギュアスケートと音楽~華麗なる舞台の裏側~

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宮原知子(Satoko Miyahara)
1998年3月26日、京都府生まれ。
幼少期をアメリカ・ヒューストンで過ごし、英語が堪能。海外メディアには英語で対応し、学業も優秀な文武両道のスケーター。ジュニア時代は、2011年、2012年全日本ジュニア選手権を2連覇。シニア参戦後、2014、2015、2016、2017年と全日本選手権で4連覇を果たし、念願のオリンピック出場を決める。2018年、平昌オリンピックでは4位入賞。2015年には世界選手権2位、2017年は世界選手権3位。
2022年3月26日、自らの誕生日に引退発表後、国内外のアイスショー、ツアーに精力的に参加。同年4月、日本人で初めて、スターズオンアイス・カナダツアーにメインキャストとして招かれ、トレーニング地であったカナダの観客にあたたかく迎えられた。幼少期から努力を惜しまず練習し「ミス・パーフェクト」の異名を持つ。その美しいスケーティングと
表現力は、ファンのみならず、プロのスケーターたちからも称賛を得ている。
写真ⓒ小海途良幹


Vol.2 宮原知子さん独占インタビュー
「スイスで開花させていくアーティストとしての気質」



  2022年に競技から引退し、プロとして3年目を迎える宮原知子さん。表現の深淵を追求する日々のなか、大きなインスピレーションの一つとなっているのが、ステファン・ランビエルコーチが拠点とするスイス・シャンペリーのチームだという。宮原さんのアーティストとしての開花を、スイスとの関わりから伺った。
文/野口美惠
元毎日新聞記者、スポーツライター。自らもフィギュアスケート経験をもち、国内の多くのスポーツ雑誌に寄稿。著書に『フィギュアスケート 美のテクニック』(新書館)など多数。

―プロ転向後は、毎年のようにシャンペリーで合宿をされているそうですね。

宮原知子 「スイスに初めてきたのは、現役時代にサマーキャンプに参加したときでした。2年前に引退してからは、何度か滞在させていただいています。今年も2月に、アイスショー用の新プログラムを作ることや、自身の練習を積むことも含めて、ちょっと長めに滞在しました」

―プロとして活動の幅を広げるなかで、スイスは新たな故郷のような存在なのでしょうか。

宮原 「ステファンが『いつでも滑っていいよ』とお迎えしてくださるので、何度も滞在するようになりました。シャンペリーのリンクは景色も設備も綺麗で、とても環境が整っています。また、さまざまなジャンルのダンスなど、スケート以外のアクティビティクラスがあるので、日本ではなかなかチャンスの少ない経験もできます。それに何より、空気がおいしくて、ステファン達のチームが大好きなので、来ています」


ーランビエルコーチは、振付師としてもプロスケーターとしても活動するアーティストです。彼と過ごす時間は、芸術面での刺激も多いことでしょう。

宮原 「ステファンだけでなく、一緒に練習しているメンバーや、ダンスの先生方も含めてアーティストの方々ばかりです。皆さんが普段聴いている音楽一つにしても、私の知らない素敵な曲があるのです。気になる曲を誰かが掛けていたら、プレイリストを見せてもらって題名をチェックすることも。一人で曲選びをしていると同じようなジャンルばかり探してしまうので、こうやって知識が広がっていくのは楽しいです」

ー新たな音楽を知るだけでも、スイスに行く価値がありそうですね。

宮原 「はい。また普段の会話の中でも、『このダンサーの出演する、この映画がよかった』『このドキュメンタリーが良かった』などと、日本にいるときとは違う会話ができます。オフリンクでお喋りしているときに得る情報が、勉強になる。それがシャンペリーに惹きつけられる一番の理由かもしれません」
 
ー映画やドキュメンタリーの話題も出るということですが、最近はどんなものを観ましたか。

宮原 「『ピナ・バウシュ』というドイツのコンテンポラリーダンサーのドキュメンタリー映画を観ました。観た瞬間に『絶対にこの曲でプログラムを作ろう』ってピーンと来ちゃいました。抽象的な表現ではあるけれど、深い創造性がある舞踏で、私もそういった世界を体験したいなと思わせられる作品でした。ピナ・バウシュさんのような表現の境地にはまだ至りませんが、大きなインスピレーションを受けたので、いつかは、表現を開拓していく意味でやりたいなと思います。あとはテニスのウィリアムズ姉妹の映画(邦題:ドリームプラン)を皆で見て、面白かったです」

ーチームの皆さんと、一緒に映画を見る機会もあるのですね。

宮原 「ステファンの家に集まって、一緒に夕ごはんを作って『じゃあみんなで映画でも観ようか』という感じになります。皆で、いろいろと意見や感想を言い合って、議論しながら観るんです。英語の勉強にもなりますし、日本ではそうやって意見を交わすチャンスもないので、とても刺激的な時間です」

ーもともと英語力の高い宮原さんですが、さらに磨きをかけているのですね。

宮原 「ちょっとずつ話すことができるようになってきた実感はありますが、まだまだ語彙力が足りません。言いたいけれど微妙なニュアンスが伝えられずに、モヤモヤすることがあります。日本語で言いたいことが英語で出てこなくて、あとで調べて『そうだ、これだわ』ということはよくあります」

ーさすが勉強家ですね。スイスでは、ランビエルさんにプログラムの振り付けもお願いしていると思いますが、プロになってからどのような作品を作りましたか。

宮原 「昨年は、ジャパンオープンに出るために『ロミオとジュリエット』を振り付けていただきました。最初は、細かい部分まではこだわらずに、シンプルな作品にしようというコンセプトで始めました。『ロミオとジュリエット』は有名な曲ですし、ストーリーもはっきりしている。それに沿って、分かりやすく特徴的な表現をする、という考えでした」

ーシンプルな作品に仕上げたあと、さらに細かくブラッシュアップしていったのですね。

宮原 「はい。チャイコフスキーのクラシックなので、細かい一音一音を取って振り付けていくことで、プログラムがより繊細なものになっていきました。このプログラムは全面的にステファンの感性に沿って振り付けていただいたのですが、メインの音の裏をとって使う部分もあって『こういう風に音を捉える聴き方もあるんだ』という発見もありました。また、あえてメロディではなく小さな音色を拾ったり、難しい音の取り方をする部分が勉強になり、自分でもこういうカッコイイ音のとり方をできるようになりたいな、と思いました」

ー今年の2月に合宿したときも、プログラムを作ったのでしょうか。

宮原 「今年は、(陸の)ダンスの先生と私でプログラムを作り、ステファンがアドバイスしてくださってプログラムを作りました。選曲は、ステファンが提案してくださった曲が前半、ダンスの先生とステファンで決めた曲が後半で、2曲をあわせた編集です」

ースケート出身ではないダンスの先生と作る作品は、どんな経験になりましたか?

宮原 「ダンスの先生は陸の上で『こんな感じで動いてみて』と仰るのですが、私が氷上で『こんな感じ?』とやってみると、『そんなにターンは入れないで』と言われたり……。先生の意図を汲み取りながら、スケートの動きに落とし込んで作っていく作業が難しかったです。でもダンスの先生のアイデアは、スケートには無い動きがたくさんあり、未知の動きを学ぶことができて楽しかったです。今季のどこかのショーで披露したいと思います」

ーフラメンコの『Paternera』もランビエルコーチの振り付けでしたね。途中で赤いスカートを外す演出などもあり、大人の表現が印象的でした。

宮原 「『Paternera』は、ステファンがすべてコーディネートしてくださった作品です。本格的なフラメンコなので、最初は『私がこんな大人っぽいものを滑れるかな』と思いました。でもステファンの構想が素晴らしくて、イメージが仕上がっていたので、頑張ってみようと思わされました。結果的に、すごく大好きなプログラムに仕上がり、うれしかったです」

ー曲が大人っぽいだけでなく、非常に独創的な演目だと感じました。

宮原 「選手時代のプログラムは、聴きやすいメロディがあって、見ている方も滑っている方も、音楽に乗りやすいものが多かったと思います。プロになったからこそ、メロディがはっきりせずに、つかみ難い音が重なっているだけ、というような難しい曲をやってみたいといのが夢でした。そういった意味で、私の夢がかなった曲です。ステファンのアイデアと独創性を信用して、彼の世界に飛び込みました」

ーフラメンコの演目という点では、表現で意識していることはありますか?

宮原 「やはり本場のフラメンコになるべく近づけるのが目標の一つなので、強いビートで、動きを鮮明に見せることを意識しています。感情を乗せて演じるというよりは、見せ方の技術にフォーカスしている演目です」

ー表現といっても、感情を表すのではなく、技術で何かを伝えるという考え方なのですね。

宮原 「プロになってからですが、曲や振り付けによって、表現するものを色々と変えられるようになってきました。フラメンコの場合は、炎のイメージを身体で表現する。感情表現ではなく、モノをイメージして表すという手法です。色々なジャンルに挑戦してきたことで、表現の新しい世界の、カーテンをちょっと開いたかな、くらいの気分になっています」 

ー素晴らしいことです。より表現者として羽ばたいていく姿を応援しています!

(2024年3月、インタビューより)

※より詳細なエピソードは『ショパン5月号』で語っています。
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