地元絶対王者の自信と余裕
文・小笠原萠子 一般社団法人 日本ピアノ調律師協会
(月刊ショパン2021年12月号掲載)
今大会に唯一2台のピアノを提供したスタインウェイ社。絶対王者の風格に加え、地元でワルシャワ・フィルハーモニーホールの音響を熟知しているアドバンテージは否めなかった。ハンブルグ・スタインウエイ「300」 と「479(sn.611479)」の性格の異なる2台は、インターネット上でもその音の違いが分かるほどであった。
最も多くのコンテスタントが選んだのは、コンクール会場であるワルシャワ・フィルハーモニーホールのハウスピアノの「479」。出場87名中42名が選んだ。「300」は コンクール主催者のショパン・インスティテュートの所有で22名が選ぶ。共に数年前に購入されたものとのこと。
「479」はパワーがあり遠鳴りが美しいピアノ。「300」は甘美な音色が魅力で女性的な強さがあるように聴こえた。
1人で2台調律したヤレック・ベトナスキーさん(2021年10月8日)
1社から2台のピアノを提供できるのも強み。何と言っても、ホームグランド。アウェイの他社とは余裕が違う。ファイナルでも反田恭平、小林愛実、ヤクブ・クシリックの入賞者を含む6名が「479」 を使用。反田のコンチェルトでは、打楽器的な効果もフルに引き出された表現で、圧倒的に聴衆を魅了した。
1人で2台を調律した、地元のヤレック・ベドナスキーは、購入時に会場の音響に相応しいピアノについて助言したようだ。彼自身もピアニストであり、コンクールで最優先にするべき審査員席(2階バルコニー席最前列)に、もっとも美しい音が響くように、微妙な温湿度の変化を読みながら、限られた時間内にピアノをベストな状態にできる技術者だと、スタインウェイ・コンサート&アーティストデパートメントのグラナー氏から絶対の信頼を寄せられていた。
もちろん楽器は個体ごとに生まれ持った性質はある。しかし、もともとこの2台はこれほど大きな差異があったわけではなく、整備(整調、調律、整音)の段階でアクションの弾き具合を整える「整調」で異なる性格のほとんどを作りあげたという。
多くのコンテスタントに使用されたことで、それぞれのリクエストに応えるのはご苦労があるのでは? の問いにヤレックは、「ファイナル進出のピアニスト全員から『何も変えなくていい。このままで!』と言われたんだ」と、自信の回答。一方で「アシスタント調律師のヤスティーナがサポートしてくれた。僕の言うことを完璧に理解して助けてくれるんだ」と同僚への感謝も忘れない。
右がアシスタントのヤスティーナ・レヒマンさん
コンサート&アーティストデパートメントのゲーリット・グラナーさん
ショパン国際ピアノコンクールスタッフ
Jaoslaw(Jarek)Bednaski
チーフピアノテクニシャン PIANO POINT
Justyna Lechman
ピアノテクニシャン
Gerrit Glaner
Head of concert & Artist Department