“参戦”3度目にして、優勝ピアノとなる
文・小笠原萠子 一般社団法人 日本ピアノ調律師協会
(月刊ショパン2021年12月号掲載)
「アクション」の調整中。手前はミハル・トワルディーさん(2021年10月6日)
今回のショパンコンクールでもっとも躍進したピアノメーカーは、イタリアの新進気鋭FAZIOLIといえそうだ。1981年創業の新興メーカーでありながら、2010年からショパンコンクールの公式ピアノに採用され、その後も名だたる国際コンクールで使用されている。今や高級グランドピアノとしてすっかり認知が定着しつつあるが、厳選生産体制を敷いているため、楽器の絶対数が少なく、その希少性もブランドイメージの確立に一役買っている。
日本の読者は、2015年に放送されたNHK-BSドキュメンタリー『もう一つのショパンコンクール』でこのブランドを初めて知った方も多いのではないだろうか。
6年前のモデルに代わってイタリアノのサチーレから、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールにも使用された「278」が選ばれた。
この楽器は伸びのある「歌えるピアノ」で低音のバランスの良さが特徴。「FAZIOLIというと、クリアでブリリアントな音色のイメージが強いが、このピアノはむしろ柔らかい音色をしています」とアレック氏は表現。
それにしても今回、カナダのブルース・リウが、このピアノで優勝をさらってしまったことは、大金星の快挙であることに間違いはない。しかも5位のレオノーラ・アルメリーニ(イタリア)と、3位のマルティン・ガルシア・ガルシア(スペイン)もFAZIOLIを使用。新興メーカーとして大きな快挙を遂げた。コンクール終盤には、創業者のパオロ・ファツィオリも姿を見せ、息子のルカ、その妻の工藤奈帆美(2005年大会ファイリスト)の姿も。ファミリーにとって最高の第18回になったことは間違いない。
今回初めてショパンコンクールに抜擢された調律師のオートウィンは、ベルギーのアントワープに店を持つ。これまでに多くのコンサートやコンクールの経験があり、創業者のパオロ・ファツィオリに、ヴォイシング(調律師が行う整調、調律、整音のうち、整音をヴォイシングという。硬く巻かれたフェルトのハンマーに針を刺しクッションを作ることで、豊かな音量や音色を作る重要なテクニックのこと。程よい空気圧であれば望む力で跳ね返り遠くへ飛んでいく。テニスボールをイメージしていただきたい)のセンスを認められ、今回の大舞台の大役を任せられた。サチーレの工場にアントワープから定期的に通い、腕を磨いた。コンクールの調律は全て1人で担当。「裏方がインタビューされるのも初めて」とはにかむ。
彼が店を構えるアントワープに話がおよび、日本の子どもはみな、『フランダースの犬』を絵本やアニメで見て泣きますよと雑談を振ると、「ああ、そういえば銅像があるよ。見にきたら 」と、ステージ裏の表情とは、全く違う眼差しをしていた。
初めてショパンコンクールに抜擢されたオートウィンさんと小笠原萠子さん
調律後のフィルハーモニー控え室(2021年10月23日取材)
ショパン国際ピアノコンクールスタッフ
Ortwin Moreau
チーフピアノテクニシャン ベルギー
MAREAU pianoservice
Michal Twardy
ピアノテクニシャン
Alec Wile
ファツィオリジャパン 株式会社代表取締役
ファツィオリジャパン株式会社代表取締役 アレック・ワイル
(10月21日)