Vol.3 村元哉中さん・高橋大輔さんインタビュー(後編)
「僕の根源にあるのは、赤ちゃんのときから続く承認欲求。欲張りです」(高橋)
振付師として活躍する村元は「いつも誰かが踊っている姿を妄想している」
村元哉中(Kana Muramoto)
1993年3月3日、兵庫県明石市生まれ。5歳からスケートを始め、シングルスケーターとして鍛錬を積み、14歳で初出場を果たした全日本ジュニア選手権では8位となる。2014年アイスダンス転向、全日本選手権3位。その後、クリス・リードとカップルを結成、2015年~2018年全日本選手権3連覇。2018年、四大陸選手権で日本アイスダンス史上初の銅メダル獲得。同年、平昌五輪では、日本アイスダンス最高位タイの15位。2020年より高橋大輔をパートナーに「かなだい」の愛称で親しまれ、結成から2年目の四大陸選手権で銀メダルを獲得。2023年の世界選手権では日本歴代タイの11位。同年5月に競技会より引退し、その後、ショースケーターとして活躍。
写真ⓒYumiko Inoue
高橋大輔(Daisuke Takahashi)
1986年3月16日、岡山県倉敷市生まれ。フィギュアスケーター。数々の「日本男子初」を冠せられる成績を残しながら新たな道を切り拓いてきた、まぎれもない先駆者。7歳でスケートを始める。徐々に頭角を現し、2002年世界ジュニア選手権優勝、バンクーバー五輪銅メダル、世界選手権優勝など次々と日本男子選手初となる栄冠を獲得。全日本選手権は5回優勝。2014年に引退表明、4年後に32歳で現役復帰。2020年からアイスダンスに転向し2023年世界選手権で日本歴代タイの11位をマーク。同年5月に競技からの引退を発表。2024年2月に自身のアイスショー「滑走屋」を主宰。
写真ⓒSunao Ohmori(SECESSION)
フィギュアスケートのシングルからアイスダンスに転向し、日本のスケート界に新たな風を吹かせた村元哉中さん&高橋大輔さん。昨年からはプロとして活動の幅を広げています。「かなだい」の愛称で親しまれるお二人に、演技にかける思いを聞きました。
文/野口美惠
元毎日新聞記者、スポーツライター。自らもフィギュアスケート経験をもち、国内の多くのスポーツ雑誌に寄稿。著書に『フィギュアスケート 美のテクニック』(新書館)など多数。
―プロとしてこの1年数々のアイスショーで活躍されてきました。一方で、村元さんは振付師としても活動をスタートさせていますね。
村元哉中 村元 ショーだけでなく、選手の方々への振り付けのお仕事もさせていただくようになりました。振付師としての目標は、いつかはフラメンコのナンバーを振り付けたい、ということ。ただ、自分がもっと演技の幅を広げて、いろいろな経験をしてからのほうがいいと思っています。あと、タンゴのナンバーは『絶対に大ちゃんと最初に滑ってから』と決めています。―村元さんと高橋さんのタンゴは見てみたいです。なぜタンゴにこだわりが?
村元 スケート人生を通してほとんどのジャンルを滑ってきましたが、タンゴだけはまだ滑ったことがないです。クリス・リードさんとアイスダンスのカップルを解散した次のシーズンに、リズムダンスの課題がタンゴで、大ちゃんとの3シーズンはタンゴの課題が無かったです。高橋大輔 アイスダンスで演じるタンゴは、かなり難しいです。まずはフロアダンスをしっかりプロに習ってから、氷上でやった方がいいなと思っています。いつ練習するか、ですか? 今年は本当にたくさんのショーを経験させていただいているので、来年かな。今年は『滑走屋』も含め、出し切って、走り続けている印象なので、来年はインプットの時間も作りたいです。
―振付師として、村元さんが高橋さんに滑って欲しいプログラムはあるのでしょうか?
村元 あります!『大ちゃんに滑ってほしい』と言って、曲名はすでに伝えてあります。ただ、もう少し自分のダンススキルも上げて、さまざまなジャンルに触れてから振り付けたいなと思って、待ってもらっています。高橋 すごくハードな内容になりそうな曲です。『おじさんには無理です……』というのは冗談で。できたらとてもカッコイイものになりそうな曲です。
―高橋さん自身は、振り付けの世界には足を踏み入れないのでしょうか?
高橋 僕は、振付師としてプログラムすべてを作る、ということは、やらないです。振り付けを考えようとすると『うーん』って悩むだけで、今はそこまで興味がないのかもしれません。哉中ちゃんに『この振り付けどう思う?』と聞かれると、『もうちょっと、こういう感じがいいかな』とアイデアが浮かんで楽しいのですが……。ゼロべースだと動けないタイプです。村元 ちょっとベースになる動きさえあれば、『大ちゃん助けて!』というと、そこからとてもカッコイイ演技に磨き上げてくれます。すごい才能だと思います。少しアレンジして、あっという間に『大ちゃんテイスト』の作品に仕上げてしまいます。
高橋 僕自身は、それが嫌なのです。なにをやってもテイストが似てしまう気がして。だから自分の中では、『僕はレパートリーが少ないなあ』なんて思っています。
―お二人の表現へのアプローチの違いは興味深いです。実際に演技するときには、どんなことを考えていますか?
高橋 僕は、ストーリーや背景はあまり考えません。音の強弱を、ただただ感じているというイメージです。でもお客様に『魅せる』ためには、一定の技術が必要で、その技術を感性で選んでいく感覚です。例えばピアノで『ダーン』という力強い音色があったときに、その音色をどんな動きで表すのか。縦に大きく動くのか、横に大きく動くのか、強さに柔らかさが必要だな、とか。そこは演じる側の感性で変わります。イメージしながら動いていきます。村元 私は、ストーリーを作って演じるときも、音楽をきいて踊るときも、歌詞を聞いて踊るときもあります。曲によってアプローチはさまざまです。
―バイリンガルである村元さんの場合は、ロックやバラードなど英語の楽曲でも歌詞を聞き取れているのですよね?
村元 そうですね、英語も日本語も、どちらも歌詞が同じように歌詞が耳に入ってきます。そのため英語の曲でも、歌詞に沿った表現というのは大切だなと感じています。振り付けの仕事をさせていただくときにも、歌詞のある洋楽を選んだときは、歌詞に沿った振り付けをすることを意識しています。―音を聞いて、こんな動きのイメージだな、と思いつくのでしょうか?
高橋 僕は、振り付けとして思いつくわけではないですが、その音色が表す動きのイメージが思い浮かぶという感じです。『ここの動きは、もっと大きい方がいい』『横に広げるのではなく、縦に空間を広げる方がいい』という感じです。村元 私の場合は、妄想するのが好きです。曲を聞いていると、頭の中で誰かが滑っていて、プログラムを演じている。どんなジャンルの音楽でも、ただ聞いているだけで、誰かが滑っているのを妄想しているのです。
高橋 素晴らしい才能です。哉中ちゃんは、本当にいろいろなジャンルの演技をよく見ているので、吸収しているものが多いと思います。スケートだけじゃなくて、さまざまなジャンルのダンス動画とか、ファッションショーのランウェイとかも見て、それを見せ方の参考にしたりしているので、勉強家だなと思います。
村元 ランウェイはかなり勉強になります。目線とか、顔の角度1つでも『与える印象が全然違う』と感じます。手の使い方や歩き方なども、観ているだけで面白いです。フロアダンスの動画もたくさん見て、引き出しを増やしています。
―違う表現スキルのお二人だからこそ、タッグを組んで、さらに新しいものを作り続けられる予感がします。
村元 私が選手に振り付けしているときに、アイデアがどうしても生まれなくて『これ、どう思う?』と聞くと、大ちゃんのほうがプログラムの世界観が見えているときがあります。それぞれ、思いつくものや、得意とする表現が違うのは、面白いです。―表現の源は、どこから湧いてくると感じていますか?
高橋 人間って、生まれたときから表現してると思います。『おなかすいた〜』『嫌だ〜』と泣いて表現するのも、生きていく上で必要だから、全身で自分の感情を表現している。僕たちは、それをエンターテインメントとしてより一層、楽しもうとしているのかなと思っています。改めて思うのは、僕は表現をしたくてしている、ということ。根源にあるのは、自分という存在を認識して欲しいという、いわゆる承認欲求です。『僕ここにいるよ、もっと見て!』って。それが僕の場合、赤ちゃんからずっと続いています。欲張りな人間ほど、表現するのではないでしょうか。『そんなんじゃ足りない!』って。それが僕の表現の原点だと思います。
―お二人の表現の個性がぶつかりあい、無限の可能性が広がっていくのを感じました。ありがとうございます。
(2024年4月、インタビュー)※ショーに向けた詳細なエピソードは『ショパン6月号』で語っています。
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