
合唱指揮者からのワンポイントアドバイス
悲痛な顔をやめ、おおらかに——練習のコツ—— 日本合唱指揮者協会副理事長 村谷達也
合唱経験の豊富な人にとっては《第九》の合唱はそれほど難しいものではない。それでも、ソプラノの高音域の発声とか、全般的にドイツ語の発音については簡単にはいかないので、これは合唱経験というより声楽の個人的な勉強が当然ながら必要になってくる。
一般にアマチュアで《第九》を歌う場合、一生に一度は《第九》の合唱を、という意気込みだけで集まった人たちの話をよく聞くが、こういう人たちのなかには合唱経験はもちろん、声楽の訓練さえ皆無ということがよくある。こういう人たちの、音楽に心から喜びをもって参加したいという心がまえはりっぱだけれど、やはり声が出なければどうにもならないし、発音も初心者だから適当でよいというわけにはいかない。やはり、一年がかりで取り組む覚悟が必要だ。《第九》の合唱をテキストにして声楽訓練、合唱訓練を行うようなものだ。ふつう、歌える人たちがまず中核にいて、それに初心者や経験の浅い人たちが加わり、何度も練習を重ねながらうまくなっていくわけだ。
これらの練習の過程で、カセットテープを利用するのはたいへん効果的だと思う。まったく初心者の場合、ほんとうに自分のパートだけをパート練習のときに録音しておいて、練習日以外のときにこつこつ自習するわけで、そして歌えるようになってきたら、完全演奏のシンフォニー終楽章のオーケストラを聴き、あわせて歌ってみるとよいだろう。
合唱練習のときは、おおぜいの自分の声部の人たちの中でうもれて歌っていると、全体がつかめないまま終わることがあるからだ。欲をいうとどのパートも歌えるようになるとよい。熱心に練習しているとほとんどの人はそういうふうになるし、楽しさはますます増してくる。
ドイツ語の発音については百人以下の合唱の場合には発音のよしあしは、ひとりひとりの発音にかかってくるが、二、三百人の合唱になると、緻密な部分があまりなくなってくるので、やや邪道になるが、このあいまいさで救ってもらって、日本式発音記号?のカナをふった方法がいちばん手っ取り早い。もともとカナで表しえない発音が多いわけだから、自己流でドイツ語にいちばん近いと思われるカナで記入するとよい。
たとえば、星のシュテルネのルは r だから、ルを大きく書いておくとか、英雄のヘルトゥは l だからルは小さくして r と l の区別をするとか、 t や d を トゥと書くのは感心しないから t を使って、ヘル t と書くとかするわけだ。 sch の発音はどうしてもカナでは書けないからドイツ人の発音を参考によく練習することだ。この発音は完全に摩擦にしないで少し息もれを作ったほうがよい。 ö も、神々のゲッテルのようにゲにしてしまったのでは困るし、ゴッテルでもない。カナをふるとその通りに発音してしまうおそれがあるから、これもさきほどの t のようにそのまま ö を使えるよう集中的に発音をマスターするほうが早道だ。
とにかく各地の「第九を成功させる会」的な悲痛な印象でなく、おおらかにうたいあげたいものだ。
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オーフロイデ! ベートーヴェン交響曲第九番〜歓喜の歌の発音とうたいかた〜 もくじ
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