特別てい談 清水敬一・辻秀幸・松下耕 「合唱界のいま」(後編)

HOME > メディア > ハンナ関連記事 > 特別てい談 清水敬一・辻秀幸・松下耕 「合唱界のいま」(後編)
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

特別てい談 清水敬一・辻秀幸・松下耕
合唱界のいま(後編)

複雑化する日本の合唱界はどこへ行くのか?
音楽プロ・アマ論からコンクールの現状まで……
合唱界を牽引する3人の“ホンネ”後編スタート!
(こちらの記事はうたの雑誌「ハンナ」2014年1月号掲載記事です。前編はこちら

プロとアマチュアの違い

――プロとアマチュアの違いについてどうお考えですか?
 音楽って仕事にしようとした時に、なんていうかな、弊害が出てくるというか……。
松下 ああ、よくわかります。特に合唱って宗教曲と結びついているので、捧げる気持ちがないと良い音が出ません。「お金のため」となったら効率を考えてしまうでしょ? ソルフェージュ能力や声があれば形はできるけど、ミサを1曲歌いきるというのはそういうことじゃない。「祈りの境地」というのをわかっていないと。だから合唱だけは、うまいかどうかは別として、見返りを求めないで歌っているアマチュアの方がプロよりも心を打つ場合が多いのではないかと思います。
 たとえば僕はこのあいだ、松原(※1)という合唱団を聴きに行ったんですけど、僕はその合唱団に対して「アマチュア合唱団」という認識はゼロだったんです。昔からいろんな大音楽家と共演している合唱団だし。演奏を聴いても、やっぱり同様の印象を受けました。
 一方で、コンクールに出ている優秀な合唱団を聴きに行くと、どこも「挑む曲」をやっています。「挑む曲」をやっているうちは、やっぱりアマチュアなんだと思います。僕が聴いた限り、松原は消化した曲をやっているんです。もちろん、難しい曲もやっているけど、消化している。消化した曲をやっている場合には、プロ、アマという違いは、あまり意味がないのではないかと。もちろん声量の差などはあるかもしれませんが、例えばラテン語の読みの深さで言っても、音大出身の若い人にはラテン語の読み方も意味も知らない人だっています。それに対して、60年も歌い続けている人がいるような合唱団なら、そりゃ深みはありますよね。ですからプロ・アマという線引きは難しいんじゃないですかね。
清水 いやあ、でもやっぱりプロでなければ出せないものってあると思うんですよ。たとえば、驚くほどうまいアマチュアのオーケストラでも、プロのオーケストラと何が違うかと言えば、それは「時間」です。つまり、ある演奏水準にいくまでにかかる時間が違う。アマチュアの場合、ある曲に長期間付き合うには、愛情があるということと、あとは演奏でお金をもらっているわけではないということが必要です。お金は別の仕事で供給しているので、良い演奏をしなければお金をもらえないということではないわけです。それに対してプロは、自分たちの演奏でお金をもらわなくちゃいけません。高水準を出すということを保証するのがプロなんです。
 同じ意味で、合唱団にもプロとアマチュアには大きな差があると思います。難しい作品の演奏を聴き比べてみて、最終的にアマチュアの方がうまいということはあり得ます。しかしそれは、アマチュアが1年練習したのと、プロが2週間しか練習していないのとを聴き比べているわけです。

――アマチュア合唱団のメンバーからすれば、プロ合唱団の演奏はそれほど聴きたいものではないのでしょうか?
清水 そんなことはありません。東混(東京混声合唱団)なんかは、毎回いろいろなプログラムで演奏なさっていますから、演奏会ごとに興味があるアマチュア合唱団が違うんでしょうね。「好きな曲、好きな作曲家の作品をやっているときには行く」という人もいますから。それに、東混でなければ聴けないものが必ずあります。
松下 東混がすごいのは学校公演です。あの回数と、その在り方というのはすごい。平日にあれだけ回れるのは東混以外にありません。全国津々浦々の学校で、それこそ小・中学生にもわかりやすい曲からシアターピースまでというのは、やっぱりプロでないとできないすばらしいものです。そういった「在り方」としては、やっぱりプロは必要だと思います。
清水 人気作曲家の初演だと、すごく人が入ります。それはアマチュアでもそうですね。
松下 オーケストラとは逆ですね。オーケストラって古典とかロマン派とかをやる方が、人が多く来るじゃないですか? でも合唱で古典派とかロマン派でツィクルスを組んでもあんまりお客さんは来ません。やっぱり今の作曲家の、それも日本人の初演となると来るんです。

――オケと合唱団のそういった違いはなぜ生じるのでしょうか?
清水 それはテキスト。言語があるというのが大きいでしょうね。言語があるからこそ、合唱というジャンルは、いま生きている作曲家に新作を書いてもらうことが多い。それはとても良いことだと思うんです。
松下 大きな合唱曲なら、1曲を100人で共有できるというのがすごいですよ。
清水 この数十年で、合唱団が作曲家に直接委嘱することが自然な流れになっています。アマチュアがこんなにも新しい作品を自分の力で生むという運動をやっているのは、今では合唱だけだと思うんです。それはやっぱり言語が絡むからなのだと思います。
 合唱のジャンルは一応クラシックです。クラシックというのは、「今日作られても、未来の聴衆にまで生命を持っていく」という考え方をもっています。新作を頼んだ方も書いた方も、まったく予期していなかったような永遠の生命を持つものが生まれるということも、ままあります。そうなれば、それはすでにみんなの財産です。ですので、新作がたくさん生まれるという現状は非常に喜ばしいことだと思います。人びとの「良い曲に出会いたい」という気持ちがあるからこそ、新作の初演にみんなが行きたがるんですよね。
 また、新作に人気があるからといって、ヨーロッパの古典的な曲をやったときにはお客さんが寝ているかといえば、そんなことはありません。演奏が良ければものすごくウケます。それは、演奏する側とお客さんとで作っていくものです。

審査と評価について

――先生方は多くのコンクールで審査員をなさっていますね?
 (松下先生へ)日本のコンクールを改革しようとしてるじゃない。
松下 改革しようとはしてませんって(笑)。東京都の「春こん。」(春のコーラスコンテスト)だけ変えました。点数制を明確にしたんですね。「音程」「リズム」「発声および声のブレンド」、それから……
清水 「様式」っていうのがあったかな?
松下 5つのカテゴリー(※2)に分けて、それぞれ20点ずつで100点満点。あと、相対評価じゃなくて絶対評価にしました。日本のコンクールって、1位・2位・3位とつけてから、たとえば「3位までは金賞」というシステムなんです。これってつまり、60点くらいの演奏でも1位になっちゃう、ということなんですよ。あと、たとえば1位が90点で2位が70点だとしても、その差がわからない。それを絶対評価・点数制に変更して、「85点以上が1位を取る資格がある」「○点以上は2位」というふうにしました。
 日本の合唱団って、審査員が何を考えているかを文章で知りたがるんですよね。でも審査員って文章を書いている間は耳がそんなに動いていません。だから、「ちゃんと集中して聴いてください」ということで、点数だけ書いてもらうことにしました。コンクールのあとで合唱団に見せるのは、その点数だけ。情緒的な文章は一切ありません。
 僕、実は自分の指揮でコンクールにあまり出ていないんです。その理由の一つは、自分たちが一生懸命考えた演奏解釈について、審査員のその時の思い付きであれこれ言われるのは、なんかちょっと違う気がするからです。
 コンクールという存在が日本の合唱団を育ててきたことはまぎれもない事実です。自分も合唱団で歌って良い賞が取れたときには喜びを感じたわけですから。でも、自分が指揮をする立場に立った時に、審査員に解釈であれこれ言われたくないと思いました。
松下 審査員が情緒的な文章を書くからそうなるんですよ。「皆さん、本当にこの曲のことがおわかりですか?」とか、そんなこと絶対わかるわけがない! 「皆さんの共感が感じられません」なんて文章書かれたら、今までやってきたことをどうしてくれるんだという話ですよ!
 そうそう、それが嫌なんですよ。でも僕自身は審査員やっています(笑)。
松下 だから東京の「春こん。」ではそういうことをやめたというわけです。
清水 僕は今年の秋の全日本合唱コンクールで、カテゴリーを変えました。今までは「大学の部」「一般の部」「職場の部」というのがあったのですが、「大学ユース合唱の部」というふうにまとめたので、大学をまたいだインターカレッジでも大丈夫です。あとは「混声合唱の部」「同声合唱の部」「室内合唱の部」というのを設けたので、今まで出てた合唱団はどこかに必ず入れるんですけど、結果は大きく変わると思いますよ。微調整して落ち着くまでに数年かかるかもしれませんね。
 だから変えようとした人たちが審査をやった方が良いよね。
清水 いやいやいやいや。
 え、違うの?
清水 変えようとしてる人が審査に向いているかどうかってのは別の話じゃないか!
一同 (笑)。

※1 「松原混声合唱団」2013年に創立60年を迎えた、東京を拠点とする合唱団。清水敬一氏が常任指揮者を務めている。
※2 「音程」「リズム」「演奏解釈(様式観)」「発声および声のブレンド」「表現」の5つ
(うたの雑誌「ハンナ」2014年1月号より。前編はこちら

この記事を掲載のハンナ2014年1月号はこちら
この他のハンナの過去掲載記事はこちらから
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
KAWAI
YAMAHA WEBSITE