うたの魅力 うたの魔力――飯守泰次郎インタビュー(前編)

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うたの魅力 うたの魔力
――飯守泰次郎インタビュー(前編)

これまでにさまざまな“うた”を振り、指揮者として“うた”を極めてきた飯守泰次郎氏。
氏の考える“うた”とは何なのか。
なぜこうも、うたは人を魅了することができるのだろうか。
うたにはそれぞれ文化があり、背景がある。
“うた”に関するそれぞれの文化背景も含め、実に興味深い話を語っていただいた。
聞き手:四野見和敏(指揮者)

(こちらの記事はうたの雑誌「ハンナ」2013年5月号掲載記事です)

総合芸術のオペラ、常にパーソナルな内面を描くリート

――今日はお忙しい中、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございます。声楽曲の2つのジャンル(オペラ・歌曲)において、その表現形態はそれぞれ異なりますが、今回はそれぞれの魅力・魔力をさまざまな角度から探ってみたいと思います。まずそれぞれの分野には、私たちの心をひきつけて夢中にさせるものがあると思いますが……。
 “うたの魅力・魔力”はすばらしいテーマですね。それだけで一冊の本になるほどの内容ですね。今回はオペラとリート(歌曲)の世界について、その魅力・魔力を駆け足でお話ししましょう。
 まずオペラの場合には、そのストーリーの展開や進行は非常に現実的で、今何が起こっているかという描写、あるいは会話とか対話でストーリーが現実的、劇的に進行していくところに、私たちの心がぐっと引き込まれていきます。オペラの世界では多くの場合、テーマは身を焦がすような恋、愛のもつれ、愛の悲劇から血なまぐさいシーンまで、あらゆる人間の生きざまが描かれます。
 特にヴェリスモというオペラが顕著で、例えばマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』やレオンカヴァッロの『パリアッチ』などを思い浮かべてください。一方、オペラ・ブッファのジャンルではロッシーニの『セヴィリアの理髪師』、ヴェルディの『ファルスタッフ』やプッチーニの『ジャンニ・スキッキ』のような喜劇が数多く存在します。
 そういう現実にある世界が大変生々しく描かれているということですね。内容全体が現実的で行動的なのです。さらにステージ上では大道具、小道具を使い照明も加わり、オーケストラの伴奏で歌手が全身で歌いながら演じるので、行きつくところはいわゆる総合芸術といえるでしょう。
 それに対してリートの魅力は、詩人の作ったファンタジー溢れる世界が、声とピアノが一体になった形で味わえるところにあります。詩はどちらかというと非現実的・内面的な詩人の世界を表現しています。そこにはストーリーもあるでしょう。
 例えば「冬の旅」のように長いストーリーもありますし、「野ばら」だって一種のストーリーではありますが、それはオペラで言う現実的に進行するストーリーとは違います。そこにはオペラのステージのように、劇的なシーンや演技はありません。それは詩人の心に芽生え描かれる夢であれ、喜びであれ、深く掘り下げた内面に到達しており、内容としては非常にパーソナルなものなのです。

3分の曲でさえも3時間のオペラに匹敵する深い感動もあり得る

――それでは、オペラの世界とリート(歌曲)の世界において、“うたの魅力・魔力”はどんなところにあるのか、具体的にお話ししていただけますか。
 当然、先ほど申し上げたオペラのステージでの劇的な進行と演技に伴い、各役柄の明確なキャラクターの表現が大きな魅力となります。
 それからなんといっても人間の声そのものの魅力です。美しい響きや深みのある音色、輝きのある高音や迫力のある重厚な低音などがあります。また、心洗われるような清純な歌声がある一方、怒りや憎しみを伴ったパワーのある声や怪しげなささやき等、挙げたらきりがありません。そして見事な超絶技巧等に私たちは圧倒され、登場人物の個性や心理状態、感情を繊細かつドラマチックに歌い上げる声の魔力に酔いしれます。
 それに比べてリート(歌曲)の場合はオペラと違ってテクスト(歌詞)は詩的な言葉を扱いながら、詩人の内面のデリケートな世界を表現しています。
 詩は、愛、喜び、憧れ、悲しみ、死、絶望、自然の讃美、現実世界からの逃避など、さまざまなテーマを扱っています。
 リートはその詩と音楽とが結びついた独自の世界を創ります。大げさな演技もなく、純粋に歌とピアノだけで表現されますが、たとえ一曲は3分ぐらいの曲でさえも、その世界は3時間のオペラに匹敵するくらい、深い感動が得られることもあり得るのです。
 そして当然のことですが、ドイツリート、フランス歌曲、イタリー歌曲など、それぞれの国の言葉の持つ響きや特徴が、非常に細やかに反映されるのです。

イタリアの声の美しさ
ドイツのテクスト表現力

――さてここからオペラを中心にお聞きしますが、オペラにはさまざまな国の作品があります。その中で多く演奏されるのはイタリアオペラとドイツオペラですが、それぞれの特徴や魅力をお話ししていただけますか。
 ラテン系、アルプスの南の方、つまりラテン語から発展した言語を持つ国、特にイタリアの作曲家たちのオペラは、やはりイタリア語の響きに合ったメロディーの流れや、声の美しさを最優先にしており、いわゆるベル・カントの発声が生まれたのです。
 1に声、2に声、3に声と言われるのは、非常によくわかります。ヴェルディ、プッチーニ、ロッシーニのオペラは、声は聞こえやすいように、透(とお)りやすいように、あるいは歌いやすいように、オーケストラの伴奏は非常に単純な形をとっています。声が中心とも言えます。また、歌い方はなめらかで、カンタービレを強調したフレーズ感や、グリッサンドを多用した感情表現が大きな特徴として前面に押し出されます。
 それに対してドイツオペラは、テクスト(言葉)の持つ構造と表現力がより重要になります。そしてドイツ語の持つ独特な子音の立ち上がりと複雑な母音の変化が強調されてくるのです。
 一方オーケストラは、伴奏の領域を超え、より積極的に劇の内容を表現するようになってきます。さらにオーケストラはその劇的な表現を超えて哲学的な表現に向かうのです。極端に言うとドイツオペラでは、イタリアオペラで非常に大切にされているカンタービレやグリッサンドは、ほぼ消え去り、歌うというよりもオーケストラと声が一体となってテクストを浮き彫りにし、劇的な表現に到達します。
 モーツァルトの『後宮からの逃走』や『魔笛』、ベートーヴェンの『フィデリオ』、ドイツロマン派のオペラ、ウェーバーの『魔弾の射手』を経て、そしてついにワーグナーやリヒャルト・シュトラウスでは、最もオーケストラが雄弁になり、テクストも複雑化し、内容が形而上学化されました。
 ここまでくるとやっぱり1に声、2に声、3に声だけではない、そこにもっとテクストとオーケストラの響きとの、立体的な一体感が強調されてきます。
――ところで、同じテーマであってもドイツオペラとイタリアオペラとでは、表現の仕方に違いがありますか?
 例えば、ドイツオペラにももちろん熱烈な恋愛がありますが、イタリー的な身を焦がすような愛よりは、ゲルマン系のメンタリティーのためでしょうか、もう少し道徳的に入り組んだ内容になっています。それからドイツオペラに多い、いわゆる権力抗争はイタリアオペラにもたくさん見られますが、イタリアオペラではそれがメインではなく、それに絡んでいかに愛が悲劇になっていくか、というストーリーが展開されます。

スタッカートの言葉とレガートの言葉

 例えば『トスカ』だってそうですよね、スカルピア(警視総監)は自分の権力でもって全てを支配しようとしますが、テーマはそこよりも、愛し合うトスカとカヴァラドッシが犠牲になるという悲劇ですね。
 ドイツオペラの『魔笛』の場合はザラストロ(大司祭)は、道徳的な存在ですけれど、あれは一つの権力ですよね。あるいは『フィデリオ』だったら最後にドン・フェルナンド(大臣)が出てきて納得させられます。
 それから『魔弾の射手』だって結局は、エレミット(尊敬篤き隠者)が出てきておさまるわけです。そこには必ず道徳的な一つの結末があって、それが哲学的なものと結びついたスタイルになっているのです。やはり歴然とした、イタリアオペラとの違いがあるんですね。
 違いと言えばもう一つ付け加えますと、先ほどのお話と重複しますが、かつて僕がアシスタントをしたカール・ベームと話したことがあるんですが、彼は「ドイツオペラは、しゃべりだ」と言った上で、「つまり極端にいえばドイツ語はStaccato Sprache(スタッカートの言葉)であり、イタリア語はLegato Sprache(レガートの言葉)である」と言っていました。
 これは、欧米の声楽の教授が「ドイツ語はスタッカート的に、はっきり歌わないと聞き取りにくい」とよく言うことと一致していますし、それは確かに真理を言い当てています。指揮者はドイツオペラの場合オーケストラの響きが厚いので、言葉がはっきり聴こえるようにバランスを取るのに大変苦労するわけです。
 この点から考えても、イタリアオペラの特徴はレガートによる感情表現が前面に出てくる一方で、ドイツオペラはしゃべりの要素が強いことになります。これは完全にスタイルの違いであり、お互いの魅力でもあります。
――今回は“うたの魅力・魔力”をオペラやリート(歌曲)を中心にお話ししていただきました。次回は合唱の魅力・魔力についてお話ししていただけると幸いです。ありがとうございました。
(うたの雑誌「ハンナ」2013年5月号より。後編はこちら

この記事を掲載のハンナ2013年5月号はこちら
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