特別てい談 清水敬一・辻秀幸・松下耕 「合唱界のいま」(前編)

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特別てい談 清水敬一・辻秀幸・松下耕
合唱界のいま(前編)

社会の変遷とともに、日本の合唱界も複雑化してきた。
大型合唱団が姿を消し、合唱人口の減少や高齢化が叫ばれる一方、
若者の合唱人気は高まっているとの声も……。
そんな合唱界の「いま」について、
清水敬一氏・辻秀幸氏・松下耕氏の3名が“ホンネ”を語った!
(こちらの記事はうたの雑誌「ハンナ」2013年11月号掲載記事です。後編はこちら

年齢層の固定化?

――日本のアマチュア合唱団の現状として、合唱団ごとの「年齢層の固定化」があると思います。先生方が指導されている合唱団には、どのような年齢層の方が多いのでしょか?
清水 合唱団によって違います。確かに、団内で年齢が偏るということはあると思います。僕は「村みたいなコーラス」とよく言うんですけど、老若男女、うまい人もへたな人もいろんな人がいるというのが好きなんです。しかし今は、年齢層や技術水準、好きなレパートリーといったものが同じ人たちが集まる「少人数合唱団」が増えていると思います。
松下 僕は常々、合唱団とは個人のスキルアップのために存在すべきだと思っています。なので、年齢層よりも重要なのは入りやすさだと思います。素人でも入れる合唱団や、レベルの高い合唱団、これらはいろいろとあっていい。英会話教室のクラス分けで、ABCもできない人が上のクラスには入ろうとはしないように、ビギナー対象の合唱団があってもいいし、それには若い人からお年寄りもいていい。一方で、それなりのものを目指すためにふるい分けをする合唱団があってもいい。いろいろあっていいと思います。
 20年くらい前の「大合唱団主流」という時代から、どんどん細分化が進んでいますが、それはもしかしたら合唱指揮者が増えすぎたせいかもしれない。例えば先生が「今日私できないから、君指導しといて」と任された人が、次第に合唱指揮者として活動するようになり、自分も合唱団を持ちたくなるという。しかし、確かに細分化が進んでいますが、それが悪いことだとは思いません。むしろ合唱が文化として広がり、発展している要因だと思います。

合唱指揮者の出身と教育機関

――音大出身でなくても合唱指揮をする方は多いのですね。
 その方が主流じゃないですか。私の父たちの時代から。
清水 主流かなあ? 指揮者協会理事では音大出身じゃない人ってそんなにいないけど。
松下 僕の場合は、高校生のときに大学は音大の「合唱指揮科」に入りたくて、全国の音楽科がある大学を調べたら、「合唱指揮科」が一つもないことに愕然としたんです。だったら音楽を一番広く学べるであろう作曲科へ行こうと決めたんです。結局、専門的に教える機関が無いので、独学あるいは留学したという人が今合唱指揮者になっているのではないでしょうか。
 一方で、まったく勉強もせずに合唱指揮者になったという人がいるのも確かで、例えば仲間とやってて「指揮者やれよ」と言われて、社交的なのでやってるという人もいるにはいます。
 そういう人が結構良かったりすることもあります。合唱って不思議で、特にアマチュアの場合は指導者と合唱団の人が長い時間を共に過ごしながら一つの曲を育てていくので、指揮法がなってなくても曲が成立するということがあります。だけど、その人が他の合唱団で振った時には面食らうんです。そういうことを避けるためにも、専門の教育機関はあった方がいいと思います。
松下 何度かどこかの音大でトライしましたよね。でも人が集まらないし続かないというのが現状のようです。その理由は、体系的に教えられる指導者がいないんじゃないかと。僕も、ヨーロッパやアメリカに行って合唱指揮を勉強している人を何人も知っていますし、「合唱指揮科」の需要はあると思います。日本で勉強できるようになれば、大きなお金を使わなくていいわけですから。
 指揮や作曲、それからソルフェージュ関係や音楽史といった先生みんながいるというのが音大ですよね。だからそういうところに合唱指揮科があるとすごく良いと思います。しかし、学部から合唱指揮科に入りたいというこういう人(松下先生)はほんとに少ないわけです。むしろ、例えば学校の先生で「合唱の勉強はどこでしたらいいんだろうか?」という人のために、合唱指揮科ができた方がいいと思うのですが、どうも大学というのは大人を受け入れることが難しい面があるらしいんですよね。
松下 だから「夏季セミナー」がいいんですよね。3週間ぐらいの。それなら学校の先生も来やすい。以前コダーイ研究所の夏季セミナーに出たときも、やっぱり学校の先生が来ていたように思いました。
 それなら軽井沢(※1)でやりなさいよ。
一同 (笑)。

――海外の音大には合唱指揮専門の教育機関があるのですか?
 ドイツ系の音楽学校にはChorleitung(合唱指揮科)があるところが多いですが、ヨーロッパではたいてい専門学校です。
松下 コンセルバトワールね。
 コンセルバトワールなら専門学校なので、大学卒業後に「合唱指揮者になりたい!」という人でも入り直すことができますよね。
松下 何のために合唱をするかということも、海外では違います。日本人の場合、例えば「合唱コンで金賞を取って合唱が好きになった」という程度のモチベーションです。でもヨーロッパでは、例えば合唱のマスターを取って聖歌隊の指揮者になったり、合唱指揮が職業として確立しています。根本的な合唱の在り方や、若者の中での合唱の位置づけがまったく違います。

プロとアマチュアの違い

――日本の合唱団と海外の合唱団の違いはなんでしょうか?
松下 海外と言っても、どこかによります。僕はアフリカ大陸のことはよくわかりませんし、オセアニアもそんなに知りません。アメリカとカナダを少しと、それからアジアの一部とヨーロッパ。それぞれ合唱の在り方が違います。
 たとえばシンガポールは、学校の合唱が盛んで、国の面積は東京23区より少し大きいくらいの国ですが、「中学高校の部」だけでコンクールに150団体くらい出てきて、一つの合唱団が少なくとも40人ほどですから、全体ではかなりのものです。そして競い合うのが好きです! このあたりは日本人とも似ていますが、「金賞」を取るのを目的としているところがあります。
 ヨーロッパに行きますと、たとえば日本から国際コンクールに行くとなるとおおごとですが、向こうはもう地続きなので国際コンクールは普通のことです。バスで国境を越えて「行こうかな♪」みたいな(笑)。気楽に国際コンクールに出て楽しんでいるところがあります。あと、ヨーロッパにも合唱が盛んな国とそうでない国というのがはっきりしていて、国家的に合唱を推進しているラトビアのような国もあります。僕の曲を初演してもらう時にラトビアに行ったのですが、大統領と文科大臣がその演奏会に来ていて、びっくりしました! そういう国はやはりレベルも高いし、合唱の在り方そのものが非常に豊かだと思います。
 翻って日本はというと、僕は日本の合唱の在り方が悪いとは思っていなくて、日本人の良さがあります。それから、日本の合唱曲はとても優れていると思います。自分のものは別として。すごく精神的に豊かだし、レベルの高い曲がたくさんあって、それにまじめに取り組んでいる日本人の合唱というのは称賛されるべきものです。日本は日本の道を行っているので、これはこれでいいと思います。

――新しい合唱曲が積極的に作曲されている国はどこですか?
松下 国というよりは人によります。たとえばスペイン・バスク地方のトロサという都市では合唱の国際コンクールがあるのですが(※2)、課題曲としてスペインの作曲家の曲を歌わせるんですね。そうすると、課題曲なのでどこの合唱団も歌わなければなりませんので、自然といろんな国で歌われるということになります。それが国際コンクールの良さでもあると思います。そういう形で地元の作曲家の活動を支援するのは、とても良いことだと思います。
 それから、イタリアのアレッツォでは合唱作品のコンテストがあって(※3)、そのために国際審査員が組まれて審査するというシステムができています。
 イギリスにしてもドイツにしても、ヨーロッパって「プロの合唱団」というのがちゃんとあるじゃないですか。ちょっとランクが下にしても、国によっては聖歌隊なんかがプロだったりするし。そういうところはコンクール受けに来ないでしょ?
松下 はい。「私たちの合唱団には一人もプロはいません」っていう誓約書を書かされますから。
(後編へつづく)

※1 松下耕氏が講師を務める「軽井沢国際合唱フェスティバル」のこと
※2 「トロサ国際合唱コンクール」スペイン北部バスク地方の都市トロサで、毎年10月から11月にかけて行われるコンクール
※3 「国際ポリフォニック・コンペティション(International Polyphonic Competition "Guido d'Arezzo")」アレッツォで開催されている合唱コンクール
(うたの雑誌「ハンナ」2013年11月号より。後編はこちら

この記事を掲載のハンナ2013年11月号はこちら
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