横山幸雄ピアノQ&A136 から  Q47 弱音の出し方

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Q47. ピアノ技法の中でppp(ピアニッシシモ)を弾くような場合、弱音をいっそう弱音にしようとすると、音が出なくなったりしてしまいます。弱くきれいに響かせる奏法を教えてください。



 ピアノという楽器の名前の由来はもともと「ピアノフォルテ」だったことからわかるように、現代ピアノの素晴らしさの一つとして幅広いダイナミックレンジが挙げられる。ささやくようなピアニッシモからとどろきわたるようなフォルティッシモまで・・・と、言葉にするのは簡単だが、演奏で表現するには多くの努力を伴う。最弱音の奏法について、まずピアノのメカニックの点から見ると、次のように言えるだろう。最も音が弱くなる場合というのは、ハンマーが弦を採動させる最小限の力で触れた場合、つまり下から上がっていったハンマーが、グランドビアノの場合弦に触れて下へ押し戻される瞬間、そのハンマーの速度が音が出る範囲内で最も遅い場合だ。

 では、そうなるにはどうしたらよいのか 。

 まず楽器のほうから見ていくと、どんなメーカーのピアノもそれぞれアクションのメカニズム上の調整寸法というのが決まっている。厳密には0.1ミリ単位以下の精度をも要求されるが事柄だが、現実にはその通りになっていることはまずあり得ない。それは温度や湿度がたえず変化 している部屋にピアノを置いてあるためで、木やフェルト、金属といった条件次第でいくらでも変化してしまう素材が、何度調整しても動いてしまうからだ。だから例えばきれいに音がそろわなかったり、指に違和感を覚えることになるのだ。

 現在、僕の家では、年間通して定温定湿(誤差プラスマイナス2度、5%以内)にしているが、毎日何時間練習しようと1年に1回の調整も必要ないほど動かない。つまり、自分の家で楽器があるべき状態になっていて、それを知っているので、他の調整不足、もしくは管理不備の楽器 でもどうしたらどんな反応になるか大体わかる。しかし、これは一般的には難しいことかもしれない。僕の指には、「正しく管理されたピアノの最弱音はこのくらいの強さで鍵盤を押さえればよい」ということが覚え込まれている。これは、コンサートで使うような楽器であれば、大体どのメーカーのものも変わりないはずだから。しかし、ちょっと難ありの楽器の場合は、いつものような最弱音を出すことをあきらめる場合もある。

 いずれにしても、同じくらいちゃんと調整された楽器でも、最弱音の音量も音色も異なるわけだから、現実的な弱音のふぞろいや抜けを避けるためのとりあえずの方法は、

1 なるべく鍵盤を垂直に打鍵すること
  (意外に思うかもしれないが、無意識に弾いている指は鍵盤に対してななめに当たっていることが多い)
2 同じ音を何回か打鍵するような場合、鍵盤の途中に指が残ってないように気をつけ、指と鍵盤が当たる最初の速度をそろえること

 そして、まかり間違っても「どんな小さな音でも鍵盤の底までしっかり」なんて思っているのだったら、そういう考えは捨てること。不必要にそこまで力が入っていたら、次の音の準備もできない。

 ドビュッシーの作品にある音の中には、ほとんど聴こえるか聴こえないか、もしくは音楽の中に溶け込んでいて、非常にぼかされたニュアンスで聴こえる方がいい場合もある。要はバランスの問題で、小さな音でも音楽の輪郭、例えばメロディーやハーモニーの中で流れの変わっていく重要な音などがぼやけてしまっていると、きれいに聴こえない。

 ピアノの音量というのは、相対的なものであって絶対的なものではない。だからダイナミックレンジの幅があればよいのだ。また、ピアニッシモには、ピアニッシモの音の質感というものがある。例えばフォルティッシモで弾かれた部分のCDをどんなにボリュームを絞っても、ピアニッシモには聴こえない。逆にピアニッシモで弾かれたものをどんなに大音量で聴いても、やはりピアニッシモに聴こえるわけである。それはピアノという楽器の持っている音量の幅が、決して一つの機械的な音、つまり例えばボリュームを絞ったり上げたりすることによって得られる音量の強い弱いではなく、フォルテはフォルテ、ピアノはピアノの持つ音の質感が大きく作用してくるからだ。

 それが出しやすい楽器というのが、良い楽器の必要条件でもある。僕自身もそういう良い楽器を弾くことによって、いろいろな表現の幅をより深く知るようになったし、ピアニストとして演奏活動をし始めてから、子どもの頃になんでこのレコードのような表現ができないのだろうかと思ったようなことが、良い楽器にかかるといとも簡単にできてしまうという経験も何度となくあった。

 今まで書いてきたことに対して、「なぜ?」と思われたら、まずはよくピアノの構造を調べて考えてみてほしい。

 最後にピアニッシモの対極にあるフォルティッシモでも、楽器の能力も演奏者の能力をも超えた汚い騒音や雑音のような音にときどき遭遇するが、こっちのほうがより問題は深刻かもしれない。



「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 4 テクニック」

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