横山幸雄ピアノQ&A136 から  Q38 肩の余分な力を抜くには?

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Q38. ピアノを始めてから15年になるのですが、いまだに弾く際に肩などに余分な力が入ってしまい、思ったように感情表現ができなくて悩んでいます。



 スポーツの世界では、今や科学的なトレーニングを採り入れることは常識で、だからこそ常に 記録が更新され続けるのだろう。数年前には考えられなかったような記録が、合理的で科学的理綸に基づくトレーニングによって可能になるわけで、人間が進化したわけでも、昔の人が練習を怠ったわけでもない。

 音楽の世界でももう少し理論的な練習方法がおこなわれていれば、このような質問をする人自体減るだろう。でもそこは、スポーツはあくまで記録がすべてであって、そのための純粋なトレーニングであるのに対して、ピアノの演奏技術というのは、表現すべき音楽芸術を音として実現するための技術であって、技術そのものが目的ではない。それを隠れ蓑に、今までのピアノの世界では演奏技術というものに対して、合理的にまた論理的に考えることをあまりしてこなかったのではないだろうか。

 ところで質問にあるように、肩などに余分な力が入るというのは、多くの人に見られることで、また逆にこれが理想的というべき模範が決まっているわけでもなければ、現役のピアニストだって頭で考える通りの理想のようにはいかないものだ。第一、手の動き一つとっても、付随する筋肉は一つや二つではない。一言に「肩の力を抜いて」というアドヴァイスではうまくいくはずがないのだ。やってみるまでもないことだが、腕をだらりとまったく力を抜いてぶらんとした状態から、ピアノを弾くようにひじを持ち上げてくれば、その動きには肩の筋肉が必要だということが、空いているもう一方の手を肩にあててみればわかるはずだ。

 余分な力を抜き、必要な力を入れることを説明するには、きっとそれだけで一冊の本が出来上がってしまうだろう。大体において、余分な力がどこかに入るということは、主に指の力不足からきていることが多いと思う。特に子どもの頃など、まだ体が出来上がる前の段階で無理に大きな音で弾くことを要求されると、必要外の力に頼って音を出すことになってしまい、のちのちクセとしてひきずってしまうことも多いようだ。ここでいう指の力とは、指の各々の関節を支える筋肉の力のことであり、また、一本ずつの指の独立のことである。指の独立の話が出たので、ついでに書き加えれば、両手の指が一本ずつ完全に独立することなどあり得るはずがなく(あったらそれはロボットだ)、逆にどうやってその指の一本ずつの違いを生かすかということから、始めるべきだろう。

 こういうふうにだけ書いても、実際どうしたらよいのか、余計にわからなくなるだけだろうか ら、試しにーつの方法を示すことにしよう。これはなにも難しいことではない。例えば極端な話、 たった―つの音を出す場合、もしくはそこまでしなくとも、仮にバイエルやツェルニーのとてもやさしい作品をゆっくりと演奏しようとする場合、多くの人は余分な力など使うことなくとも、最後まで弾くことができるだろう。それを徐々にテンポを上げ音量やニュアンスの差をはっきりするようにした場合、またはより難しい作品になった場合、どの段階で自分の力量を超えて余分な力を使ってしまうか自覚できるはずだ。そこがつまりその人の技術的なさらなる進歩を目指すための目安になる部分であり、無駄な力の入る原因を自分で見つけ、少しずつハードルを高くしていくことによって、進歩は可能だと思う。

 僕自身の考えとしては、多くの人が自分の技術的なもしくは音楽的な限界を超えて、難しいものに取り組んでいるように思う。ただ本人が楽しむのみならともかく、作曲家の次元に少しでも近づき、芸術作品として表現しようというには、底辺の基礎の部分の勉強不足は大きな障害になるだろう。



「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 4 テクニック」

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