横山幸雄ピアノQ&A136 から  Q37 理想的な姿勢とは?

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Q37. 先日、公隔レッスンを受けたら、先生にピアノを弾く姿勢が悪いと言われました。演奏会やテレビなどでいろいろな演奏家の姿勢を見て研究しているのですが、椅子の高さやピアノとの距離もまちまちで、演奏中に体を大きく揺らしたり動かし続けている人もいて、どれが理想的な姿勢かわからなくなってしまいました。



 一流の演奏家が演奏している姿をリサイタルやテレビなどで見ていると、大体においてその人の奏でる音楽と演奏している姿努に、何か共通の雰囲気を感じることであろう。理想的な姿勢とは言葉で簡単に言えば、「余分な力が入ったりせず、自分の入れた力が無駄なく鍵盤に伝わる姿勢」である。しかし一流の演奏家であったとしても、100%完全な理想ということはまずあり得ない。理屈通りになかなか体は動いてくれないものだ。それに理想的な姿勢で弾くことそのものが究極の目標であるはずはなく、姿勢さえ良ければよいというものでもない。

 過去の演奏家の例を見ると、例えばリヒテルは、非常に椅子の高さを高くし、ピアノにかなり接近して演奏していた。本人にとってはそれが 一番弾きやすかったからなのだろうが、そのために非常に力が入っているようにも見えた。しかし、あれだけ体の大きな人であれば、多少余分 に力が入っていたとしても、それを超える力を使えるだけの余裕があったのであろう。最終的にはさらにそんなことを超越したところに、彼の音楽の素晴らしさがあったわけであるから。

 一方、ミケランジェリはかなりピアノから離れて、低めの椅子に非常に浅く腰を掛けて弾い ているように見受けられた。完璧な技術を持っ ていると言われているだけあって、非常に理想に近い弾き方に見えたが、それでもフォルテの音を出すときには、ずいぶん力が入っているように見受けられた。ほかにもグレン・グールドのように極端に椅子が低い人もいれば、いろいろな姿勢、距離で演奏する人がいる。

 僕自身はこの十年間ぐらいで、わずかに椅子の高さが高くなったようだ。自然にそうなっただけで、意識的に変えたわけではない。またご覧いただければわかるように、あまり深く椅子に腰掛けていない。多少楽器の鳴りが悪いとき、もしくはよりダイナミックレンジが欲しいときに、多少椅子を高くすることもあるし、より落ち着いて安定した演奏をしたいときに、少し椅子を下げたりすることもある。といってもそれは演奏会中のなんとなくの気分で決める。一般的に日本人の女性のように西洋人に比べて小柄な場合は、椅子を比較的高めにしたほうが楽に音を出しやすいのではないか。

 ところで演奏中に体を大きく動かすということだが、一流の演奏家の中にもそういう人がいるようだ。ある演奏家はそれを指摘されて、動かないように演奏しようとしたら、まったく思うような演奏ができなくなってしまったので、また今まで通り体を動かすようにしたそうだ 。 演奏家にとって演奏とは、ほとんど無意識なぐらい自分自身のものとなってしまっているので、おとなになってから直すことは難しいのだが、演奏に差し障りがなければきっと問題はないのであろう。

 子どもの場合は、体が揺れてしまうことによって、余分な力が入ったり必要なところに力が入らなかったり、自分の出している音が聴こえなかったりすることもよく見受けられるので、そういった生徒たちにはアカデミックな見地からあまり体を動かさないように指導することも必要だろう。だが、またあまりそれだけにとらわれても、非常に窮屈なものになりかねない。

 最終的には、「自分にとって一番楽な姿勢を見つけること」と集約できるだろう。一人ひとりの理想は、みんな微妙に違ったものであるはずだから。



「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 4 テクニック」

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