横山幸雄ピアノQ&A136 から  Q27 理想のピアノ勉強法

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Q27. 新しい曲を勉強する上で一番大事なことについて教えてください。



 まず新しい曲の楽譜を広げると、多くの人がすぐピアノに向かって弾き始めるのではないだろうか。しかし本当ならばある程度初見で弾けてしまうような曲であっても、まず楽譜をじっくりと眺めることから始めたい。なぜならいきなりピアノで弾き始めて間違った音を弾いたり、良からぬニュアンスで音を出してしまうと、それを繰り返すうちに耳がその変な汚い音にマヒしてしまう恐れがある。だから、じっくりとまず譜を読むのである。頭の中で一度音楽を想像してみるのだ。

 ピアノでではなく、頭の中で音を鳴らしてみる。ここが大事な部分で、そのときにどういう指使いでどんなタッチで弾くべきか、というところまで明確に頭の中でイメージできれば言うことなしだ。そこまではできなくとも、ある程度楽譜を見てどんな音楽かを頭で想像できないとすれば、それはきっとその人の実力に対して曲のほうが難しすぎるのである。別の言い方をすれば、その状態で指の訓練だけをして音はある程度弾けるようになったとしても、それを音楽としてとらえる能力ーいわゆる広い意味でのソルフェージュの能力ーが足らなければ、音の羅列であって、自然な音楽にはならない。ソルフェージュの勉強とはそのためにあるのであって、リズムを間違いなく読んだり、今鳴った音が何なのかクイズのように言い当てることができるだけでは意味がない。そして、何より重要なのは音楽を感じとる能力であり、それには素晴らしい音楽をどれだけたくさん聴いているかということが大きな意味を持つだろう。

 ところで、最初に楽譜を見るときに、音符だけではなく、フレーズ、アーティキュレーション、ハーモニー、構成など音楽として形作るあらゆる要素を見ていくことを忘れてはならない。多くの人が音符だけをまず弾けるようにしてから、強弱やアーティキュレーションなどをだんだん付け足していくようだが、 言うまでもなく作曲者がそういう順序で作曲をするはずもなく、とても変だ 。 そしてその早い段階でできるところまで覚えてしまう努力をすれば、そのぶん曲の理解も早くなるし、後になってからの暗譜の苦痛も減るはずだ。

 つまり、記号として音楽を紙の上に仮に置き換えたものが楽譜であり、その作品を弾こうとするときには、直接的には限られた情報しか書かれていない楽譜からいかに多くのことを感じとり、背後にあるメッセージまでも読みとれるかということが重要となる。そしてそれをいざピアノで表現していく段になると、まず表現技術の問題にぶつかる。いくら多くのことを感じ、頭で心でわかっていても、それが実際の音にならなければ聴いている人に伝わらないし、演奏としては意味がなくなってしまうのだから。

 さて、ピアノというのは美しい音も出れば汚い音も出てしまう。また、その音の出る仕組みは高度に完成された精密機械のような楽器でもある。長年ピアノを勉強した人の中には、例えばタッチの深さが1ミリの十分の一違っただけでも相当の違和感を感じる人がいるはずだ 。

 また人間の指というのは、どんなに訓練しても左右十本の指が均等になることなどあり得ない。逆に各々の指が違っているからこそ、その違いを生かすことができると考えることも可能だ。それぞれの指には役割があるのである。

 例えば親指は力の強い指であるけれど、他の指と比べて大きなその筋肉は相当に疲れやすい。そして、多くの人が手首の関節から唯一動かすことができる親指のその柔軟性と稼動範囲の広さ、という最大の特徴を忘れているらしい。人差し指や小指にも大きな筋肉があり、手の支えとなる役割を持つ。またよく「薬指が弱い」というけれど、実際ピアノを弾くときに悪影響があるのは、その弱い薬指自身より「薬指の打鍵中には非常ににぶい動きしかしてくれない中指の不器用さ」に対してである。

 そしてまた、左手と右手では役割が違っており、例えば左手の小指はバスの支えとして比較的しっかりとした音が出せれば、右手の小指のように速く動き回るメロディを弾くような器用さはさほど必要とされない。では親指の場合はどうだろう。まず無視されがちな左手のほうから見ていくと、多くの作品で右手の主旋律に対しての影の対旋律の役割を左の親指に与えられていることが多くある。こういうパッセージは右手にはあまり出てこない。また、単なる和音でも左手の親指の音を重心にすると、きれいな響きになることが多いけれど、右手の場合はほとんどない。そういった各々の指の役割を上手に使える指使いが合理的であるし、音階やアルペジオを練習するというのも、そういうことの習得のための手段だ。

 また、良い指使いが見つけられないという人には、ペダルの踏み方もよく理解できていないことが多い。ぺダルが濁ってしまう場合の大きな要因として、指でレガートすべき部分が指使いのせいでできず、その結果本来は必要のないペダルの乱用となる。また「ハーフぺダル」や「ハーフタッチ」などカッコ良い名前のついたそれらの用法自体、かなり誤解していたり正しく理解されていないことも多い。

 いずれにしても、そういうピアノを弾く上での基本技術がある程度訓練されていないと、どう弾いてよいかわからず、譜読みの段階から苦痛の連統となってしまうだろう。読譜力と音楽を感じとる能力と演奏技術とは深い関連を持っている。

 もっとも、ただ自分の楽しみのためだけに弾くという場合にはあまり関係ないかもしれないし、ここに書いたことは難しすぎると感じるかもしれないが、音大へ行って専門的に勉強しようという人がある程度上達しようと思ったときには、避けては通れないことだと思う。それとも、ただただ長時間ピアノを弾きまくる道を選ぶか?



「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 3 ピアノ練習法」

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