オーフロイデ! ベートーヴェン交響曲第九番〜歓喜の歌の発音とうたいかた〜 実践編 "歓喜の歌"を歌うにあたって 合唱指揮者 岡本俊久

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オーフロイデ! ベートーヴェン交響曲第九番〜歓喜の歌の発音とうたいかた〜 

実践編 

"歓喜の歌"を歌うにあたって  合唱指揮者 岡本俊久


 昨年、私が“歓喜の歌”の合唱指揮を引き受けた東京近郊の市民合唱団、まったく楽譜の読めない人もいて、どこから手をつけたらよいやら、すっかり困ってしまいました。それが、2か月、3か月と練習を重ね、メンバー同士の結びつきが強くなるにしたがって、驚くほどに“第九を歌う”という気運が盛り上がってきたのです。演奏会の当日、コーラスを聴きながら、皆よくここまで頑張ってくれたなーと感動しました。
 “歓喜の歌”を歌うのは決してたやすいことではありません。それだけに、つらいことがあっても本番までねばり強く練習を続けた過程、すばらしいステージをつくりたいという意欲が、参加者ひとりひとりの心の中に、きっと何かの変化をもたらしたのでしょう。
 さて、“歓喜の歌”は、曲の構想を理解し、ベートーヴェンの意図をつかもうとすることで、だいぶ歌い方が違ってきます。はじめは発音や音程、ダイナミックスをつけることで精一杯かもしれませんが、そこで満足せずおりをみてはレコードやテープを聴き、楽譜をじっくり検討してみてください。
 たとえば“歓喜の歌”の楽譜では、ff のあとデクレシェンドがないのにまた ff や sf の指示が随所に出て来ます。これはわけもなく書かれたのではありません。一度 ff を書いても、なおもう一度書かざるを得なかったベートーヴェンの心の中にあったもの、訴えたかったものを考えて ff や sf を表現していくことが必要なのだと思います。
 655小節からの二重フーガの楽譜をよく見てください。ここでは、主旋律(Seid umschlungen)と対旋律(Freude schöner)、それにリズムを担当する声部(Freude!)の3つが同時に歌われます。2つの旋律はそれぞれに、フーガより前の部分で分解して用いられています。そうして十分にテーマを納得させてから、フーガでそれを全部ぶつけているのです。フーガの冒頭でアルトがレの音で主旋律を歌い出し、それがテノール、バス、ソプラノ…と受け渡されていきます。そして、だんだん盛り上げられて、719小節でバスに主旋律が移ったところで再びレの音から歌い出されます。ここからはフーガの再現部ともいえる部分です。このバスのレの音を導くために、ソプラノとテノールはラの音でオクターブの跳躍をするのです。なんともすばらしく、そして効果的なフーガです。それまでの部分はフーガをきかせるためにあるといっても過言ではありません。
 このようなことを知ってレコードを聴くと、フーガを構成するひとつひとつの声部の役割を感じながらききわけることができ、歌うときにも表現にあらわれてきます。
 レコードは練習を始めたばかりより、ある程度歌えるようになってから聴いた方が、自分のパートが聴き取れて効果的です。4声の中での自分のパートの役割、オーケストラと独唱と合唱で構成された曲全体の中での自分の役割が見えてくるようになるでしょう。
 そして、第九交響曲の全曲を聴き込むことはもちろん、ベートーヴェンの9つの交響曲はひと通り聴いておきましょう。ベートーヴェンの音楽の全体像に少しでも近づいてほしいと思います。
 私は、アマチュア・コーラスの基本姿勢とは楽しんで歌うことにあると思います。けれど、ステージで心から楽しんで歌うためには、練習段階でのいろいろの苦労を避けて通るわけにはゆきません。
 アマチュアがプロと異なるのは、いい本番をめざして日々練習を積み重ねていくという、その過程にあるのではないでしょうか。その過程において、全面的にだれかに教わろうという消極的な姿勢ではこまります。自分でできることは自分なりに解決して練習に参加し、一回ごとの練習を充実させることです。
 ある高名な指揮者が「注意されたことを覚えているのもテクニックのうちですよ」とおっしゃっていました。練習で学び取ったことを反復し、確認して忘れないよう努力することが大切です。もともとのレベルはどの合唱団もそう違うものではありません。この心がけを忘れなければアマチュア・コーラスの力はどんどん伸びていくでしょう。
 同時に、合唱は連帯責任です。できない人が練習すればよいのではありません。上手な人、経験者も一緒になって曲づくりをしていくことが基本です。ドイツ語の読めない人には読める人が教え、音のとれない人は音程が正確で声の大きい人のそばに集まって歌うといった配慮、練習に参加できなかった人はその日の進度をパートリーダーに確認し、練習を録音しておいてもらって家でさらうなど、各人の力をひき出し、意欲をもって本番までがんばり通せる状況を、みんなでつくり出していくことが大切です。これは、アマチュア・コーラスの練習姿勢として、最も重要なことではないでしょうか。
 そうした意味で、“歓喜の歌”はメンタルな面でも大きな曲です。不思議なことに、練習しているうちに友だちが増え、だれからともなく「同じ歌うなら、お互い理解しあい、力をあわせて、少しでもいいものをつくろう!」という声が出てくる曲なのです。苦労が多いだけに、合唱団としてまとまってゆく過程の見える不思議な曲です。
 皆さんの合唱団が長い練習の苦労を経て、心の底から自分たちの“歓喜の歌”を歌い上げてくださることを期待しています。がんばってください。

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