オーフロイデ! ベートーヴェン交響曲第九番〜歓喜の歌の発音とうたいかた〜 実践編 うたい方(赤入れ楽譜)松浦ゆかり

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曲の理解を深めるための解説 小松雄一郎指導 のつづき

うたい方(赤入れ楽譜) 松浦ゆかり    

285-296  297-330  331-431  431-542  543-594
595-626  627-654  655-729  730-762  763-842  843-940



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⫷第4変奏 257-284(合唱 257-264)⫸

 4分音符の動きの中で、den, die のところだけ ♫ です。はっきり2音として歌うことに注意。例のBrüderは ♩ ♪ ♪ の動きです。Brü-ü-der と言葉をしっかり伝えてください。

 Freude のメロディーの最後を用いた間奏で、合唱から独唱にうけ渡しをします。273小節になって、ようやくソプラノ独唱が加わり、「ひとりの気高き女性をかち得た者は、」と歌います。ベートーヴェンは、ここにくるまでソプラノの登場をさしひかえていたと言ってもよいでしょう。なぜなら、初めてここでソプラノが歌うこの歌詞には、それだけの貴重な意味があるのです。この歌詞には、彼の生涯と女性への愛情との長いいきさつがこめられています。ベートーヴェンにとって、夫婦として愛する女性と結ばれたいという一生の念願はとうとう報いられませんでした。
 すでに歌劇《フィデリオ》(1804年作曲)の中で、この歌詞と Freude のメロディーの源泉ともいえるモチーフは結びついていました。それが20年後の第九でようやく実を結んだことを考えると、このソプラノ独唱の意味の深さがおわかりになると思います。
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⫷第5変奏 285-296(合唱 285-292)⫸

解 説
 ここまでは比較的抑揚が少なかったのですが、288小節の4拍目のUnd wer's nie gekonnt〜「そをかち得ざりし者は、ひそかに涙ながら、われらの集いより去れ」にくると、sfdim.と表現の動きが大きくなります。合唱バスはチェロとともに ♫ で動きます。ここは、ベートーヴェンの悲痛な救いを求める叫びともいえる部分であることを感じとってください。
 このあとシラーの詩は「大いなる団欒(まどい)の内にあるものは 歓びをともにせん 共感こそ未知なる者 神の治しめす 星の空に導かん」とありますが、ベートーヴェンは、この部分を蛇足として切り捨てています。人間の悲痛と歓喜を描こうとするベートーヴェンにとって、神に救いを求める句は見当ちがいと判断したのでしょう。
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⫷第6変奏 297-330(合唱 313-330)⫸

解 説
 Freudeのメロディーに装飾が加わります。オーケストラは歌声の進行に十分な配慮をし、オーボエやフルートも歌声をなぞるように動いて、歌声を支えます。
 Wollust ward dem Wurm gegeben「虫けらにも快楽が与えられ」(合唱は317ー320)は、弦がトレモロ(弓を急速に上下させて出す一つの音の急速な反復。ふるえるの意)でcresc.してダイナミックになります。歌詞の内容を音で表しているわけです。
 321小節からの二分音符は、楽譜では歌声の部分にもスタッカートがついていますが、自筆譜では弦楽器だけにつけられています。
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⫷第7変奏 331-431(合唱 男声 411-431)⫸

解 説
 曲想はここで一転します。器楽の導入部では、まずコントラファゴットと大太鼓が2拍子で行進の拍子をとります。そのあと、トライアングル、シンバル、ティンパニといった打楽器が加わり、フルート、ピッコロ、トランペットも加わって、いわゆるトルコ風の音楽になります。ここではベートーヴェンがあとから加筆した部分です。行進曲を用いることによって、軍隊がどんな障害をも突破して進んでいく勢いを伝えたかったのです。この行進に合唱が加わったときには、聴衆はじっとしておれず、自分も舞台にかけ上がって行進に参加したい衝動さえ感じることでしょう。聴衆はもはやお客さんではありません。
 ベートーヴェンが Freude のメロディーをトルコ風音楽に重ね合わせ、行進曲風にしたことには、歴史的背景があります。Freude のメロディーの源泉はもともとフランス生まれで、フランス大革命の中で民衆のエネルギーとなって発揚し、歌われたものなのです。そのエネルギーをトルコ風音楽にのせて行進曲で描いたというわけです。同時にシラーの『歓喜に寄す』の詩も、この Freude のメロディーと結びつくことで性格が一変しました。シラーの詩には酒宴歌的な性質がありましたが、Freude のメロディーと結びつくことで、詩の中の Freude という言葉は、フランス大革命の旗印「自由・平等・博愛」を求める心の根源にある Freude にかわったのです。歴史的な飛躍をとげたのです。


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 この部分は行進曲といっても常に pp で声高にはなりません。歌声が加わると、木管楽器は主題の変奏を続け、それにのってテノール独唱は新しいメロディーを歌います。やがて男声合唱が加わると、新しいメロディーと主題の変奏は融合します。
 426小節からの6小節には、次のようなベートーヴェンの注釈があります。

Diese 6 Takte können nicht vom Chor, wohl aber von Solosänger ausgelassen werden.

 これに「独唱者は歌わなくてもよい、しかし合唱は歌うこと」と訳をつけている楽譜もあります。しかしロマン・ロランも言っていますが、これは逆です。ベートーヴェンはテノール独唱に特別の役割を与える音楽を書いています。若き英雄が行進の先頭に立って行進を率いる音楽なのです。


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⫷シラーの詩から何をとり何を捨てたか⫸

解 説
 ベートーヴェンは自分の作品に詩を用いるとき、「詩に曲をつける」という考えかたをしませんでした。反対に、自分の作品の構想に用いるべき詩を探し求めるのです。シラーの詩の場合にも、1803年に改編される前の最初の詩を求めました。そして『歓喜に寄す』の中で、第4節は最後の「声をあわせ」の4行のみをとり、第5〜9節は全部無視し、残った第1〜3節の中の核心となる詩句をくり返し用いました。それによって「天上の運行と人間世界の楽園がもたらす歓喜との調和が、宇宙としてひとつに融合する」というベートーヴェンの理念が、一層はっきりとうち出されることになったのです。ただし、削除した詩句のうち第9節で、「暴君の鎖を解き放ち、悪者にも寛容 死中に活 絞首台より生還」うんぬんというくだりがあります。これは、歓喜を地上で実現するための政治的自由と平等を歌った部分ですが、当時の反動的検閲を考え、ベートーヴェンといえども使えなかったのです。


⫷第1フガート 431ー542⫸


 431小節からは器楽のフーガです。三連符で動くモチーフはFreudeの主題からつくられ、もう一方のメロディーの♪♩.のリズムはトルコ風の音楽の部分で用いられたものです。♪♩.の♩.はくり返し行進の足踏みを示しています。


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 Freudeのメロディーからつくられた三連符の動きに行進曲のリズムがおおいかぶさるようすは、歓喜が闘いの中で実現されていくことを物語っています。この両方が統一されて新しい生命力をつくり出しているところは実に見事です。「変形され武装されたFreudeの主題」といえるでしょう。500小節までくると、まるで体がぶつかりあう白兵戦のようです。その間どんどん転調して、ますます緊迫感を高めていき、戦いは516小節で終わります。


⫷第8変奏 543ー594(合唱 543ー590)⫸

解 説
 あたかもFreudeの勝利を告げるかのように、Freudeのメロディーはもとのままの形になり、歌詞も冒頭に戻ります。弦楽器は前のフーガのなごりを残すように細かく音をきざんで動きまわり、その上に合唱がけんらんたる万華鏡のごとく歌います。ところが、594小節でそれがプッツリととぎれてしまいます。wo dein sanfter Flügel weilt.「汝(な)がやさしき羽交(はがい)の舌(もと)に憩わば」と歌って宙に舞い上がったままmで止まってしまいます。問題はまだ解決していないということを示しているのです。

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⫷第2部 595ー626(合唱 595−626)⫸

解 説
 さて、またここで曲想は一変します。バストロンボーン、チェロ、コントラバスが594小節で終わったその音から入ります。バストロンボーンが音を与えて、伴奏なしの男声合唱が歌うところは古い教会音楽を思わせます。歌詞は、Seid umschlungen Millionen!  Disen Kuß der ganzen Welt! 「百万の人々よ、わが抱擁を受けよ! この接吻(くちづけ)を、全世界に!」ベートーヴェンはこの詩句の意味をしっかりととらえてもらうために、ここではっきりと曲想をかえたのです。この詩句は、当時遅れたドイツが世界の仲間入りをする導きとして熱狂的に受け入れたことばでした。Freudeを求める当時の人々の血の通った生(なま)の声がきこえてくるようです。
 女声が603小節から加わると、オーケストラの方は美しい装飾音を演奏します。これによって、教会の雰囲気から人間の心を歌い上げる雰囲気へと移っていきます。
 ここの Seid umschlungen のメロディーは、少し形をかえて655小節からの二重フーガの中で一貫して歌われていることを覚えておいてください。

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⫷627ー654(合唱 631−654)⫸

解 説
 627小節から、フルート、クラリネット、ファゴット、ヴィオラ、チェロによるおごそかな短調の4小節が演奏されます。divoto(敬虔に)という曲想の指示を、この4小節で十分に感じ取ってください。オケの響きの中から、合唱が漂うように浮かび上がってくる気持ちで歌いましょう。
 合唱の出だしの音は、Freudeの主題の基音です。合唱は超自然的な響きの中から、現実のFreudeが現れ出るという役割を果たします。
 開始の Ihr は p 、そこから Millionen まで cresc. Ahnest から cresc. してWeltで ff になって爆発的に強調されるまで、曲想の変化は多彩です。十分に練習してください。
 über Sternen muß er wohnen 「星たちの上に、創造主は住みたまわん。」は二度くり返します。643小節からの1回目はff、アルトとバス変ホの音です。650小節からの2回目はpp、アルトはホのナチュラルです。2度目には和音が変わり、無限のかなたに遠ざかり去るような感じを味わってください。

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 595小節から始まる Seid umschlungen のブロックと、この627小節から始まる Ihr stürzt nieder Millionen? 「汝(なんじ)らひれ伏すや? 百万の人々よ、」のブロックは、それまでの音楽の進行とは関係なく、新しい主題がふいに始まり、また後の音楽とも何の関係もなく消え去るように終わってしまいます。曲の構成上は独立した部分です。しかし、この部分の詞と音楽の関係は深い深いものがあります。簡単に言えば、ベートーヴェンの心の中にある神と、シラーの心の中にあった神、それとFreudeの関係の違いを表現しようとしてしきれなかった部分ともいえるでしょう。それだけに、この2つの部分は演奏者にとっては最も難しいところなのです。
 ただここでは、Ihr stürzt nieder Millionen? の歌詞は、次の二重フーガを突然中断したあと、また730小節から出てくることを記憶しておいてください。

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⫷第三部 二重フーガ 655ー729(合唱 655−729)⫸

解 説

 ベートーヴェンは、二重フーガを最初は予定していなかったようです。それが595小節からのSeid umschlungen, Millionen! の新しい主題を発見したとき、これを Freude の主題と対立させてフーガにする構想がわきあがってきたのではないかと思われます。それにもかかわらず、ベートーヴェンはこの二重フーガをめざして、第4楽章を書き進めたのではないかと思われるほどのすばらしい、最も見事な楽節です。
 二分音符四分音符で進行し、Freude, schöner Götterfunken「歓喜、美しき神々の火花」と歌っていくのが第1主題です。これは元の主題の初めの2小節のリズムを変えたものです。オーケストラではフルートとオーボエが担当します。始まりはffですが、抑揚はあまりありません。(図の F 
 付点二分音符で進行し、Seid umschlungen,Millionen! 「百万の人々よ わが抱擁を受けよ!」と歌っていくのが第2主題です。こちらが一歩先に歌いだします。オーケストラでは、クラリネットとヴァイオリン、トロンボーンが担当します。こちらはffsffとダイナミックに進みます。(図の S 
 オーケストラでは、この2つにさらにヴァイオリンがfffで8分音符をきざんでいくという三重構造になっています。


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解 説
 二重フーガの構造を図示しました。 F と S の2つの主題が、互いに独立を保ちつつ、提示と応答を展開していくようすを見てください。
 まず655ー622小節の女声合唱で、最初の提示がなされます。62小節から男声が加わって応答が始まり、外声(ソプラノ、バス)が F 、内声(アルト、テノール)が S を歌います。
 671小節から第2楽段です。ここからは内声が F 、外声が S と、それまでとは反対になります。
 こうした変化を見せながら、曲の全体は der ganyen Welt! 「全世界に!」に向かって進行します。その進行のふしめになり、合図をするのが Seid umschlungen です。図中 [ で示しました。いよいよder ganyen Welt! にはいり、クライマックスをむかえるのは718、719小節からの最後の部分(第2間奏の提示反復)です。ですから、ここからのffを特に大切にし、それまで部分的に出てきたffとは区別してください。
 718小節からソプラノは8小節間を持続し、アルトが遅れてFreude schöner と応じます。ここで F と S の2つの世界は融合され統一されます。こここそがベートーヴェンが曲中で最高の高揚を要求している楽節です。ソプラノは、684ー690小節のDiesen kuß der ganyen Welt! でもう最高点に達したと勘ちがいしないように。


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⫷レシタティーフと移行楽句 730ー762(合唱 730−762)⫸

解 説

 ここでフーガは途切れてしまいます。次の Ihr stürzt nieder Millionen? 「汝(おんみ)らひれ伏すや? 百万の人々よ、」は595小節からの男声合唱による教会コラール風の楽節の主題に基づいています。しかし今度はオケも合唱と同じメロディーを奏し、和音がありません。より一層単純化されることが、純粋さ、神への敬虔な感謝をより深く表わすことになるのです。バスからテノールへ、そしてアルトへという受け渡しは、3つの声部の対話といった趣きをもちます。
 742小節から4声部がそろい、745小節のBrüderに向かって進み、そこで爆発的にf,sfになります。ここで和音がつけられ、ゆきつくところは、ein lieber Vater wohnen「いとしき父はいまさん。」です。それでもなお完全な終止の和音になりません。


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⫷763ー842(合唱 795−832)⫸

解 説
 本質的には終止の楽節です。独唱は、375小節「行進曲風に」の部分以来久々の登場です。歌詞は第1節のものを歌いますが、音楽は新しい楽節になります。緊張がとけて、くり返すたびごとに新しい高まりにかりたてながら、今度はすべてが終止に向かってあざやかに進行します。
 795小節から合唱が加わってなおも頂点に向かい、登りつめたところで810小節、pに転じます。poco adagio(少し遅く)で、Alle Menschen werden Brüder, wo dein sanfter Flügel weilt「汝(な)がやさしき羽交(はがい)の下(もと)に憩わばすべての人々は兄弟(はらから)となる」と詞の内容を感動的に歌いあげるための場面転換です。
 またもとのテンポに戻りますが、詞が Alle Menschen werden Brüder, wo dein sanfter Flügel weilt になると、再びテンポを落とし、独唱がさらに華麗に大きな広がりをもってうっとりと歌います。この音楽的効果は絶品であるといわなければなりません。
 

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⫷843ー940(合唱 855−920)⫸

解 説
 840ー841小節で独唱バリトンはローイと終止しました。次の843小節からは、オーケストラがその音をそのままくり返して poco allegro にはいります。855小節からの歌詞は、三たび Seid umschlungen です。ここでも曲は903小節の最後の der ganzen Welt! 「全世界に!」にむかって進行します。 der ganyen Welt! は ff でくり返され、これが結論だ! とばかりに強調されます。904小節からいよいよしめくくりですが、ここでは合唱は Freude の主題を歌わず、オーケストラの方に、Frede の主題が変形されて現れます。
 907小節の funken の動きに注目してください。イーニと動きます。これからあと funken は何度も同じ音の動きをします。合唱の最後の funken もイーニ、オーケストラの最後もイーニです。
 そこで思い出してほしいのは、《第九》の第1楽章第1主題(17小節)です。音はニーイと動いています。《第九》の最後のしめくくりの音は、開始のニーイに対するイーニの応答なのです。

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 始まりと終わりがかみ合ったひとつの円が全宇宙を象徴するように、《第九》も全曲のしめくくりで最初の音に戻ることによって、全宇宙を描いているのです。宇宙と人間社会に対する認識が、ベートーヴェンにあっては統一されていたのです。

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