横山幸雄ピアノQ&A 136 から Q6 お話つきの演奏会

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最近、聴衆に「おしゃべり」をしながら進めるクラシックの演奏会が増えてきたようですが、どう思いますか? 演奏者も聴衆も演奏に集中できないのではないでしょうか。

 クラシックの演奏会というと、二時間客席にじっと座って演奏を聴くという堅苦しいイメージがあるかもしれないが、確かにお話つきの演奏会は増えてきたし、僕自身もデビューの頃から、話や解説つきの演奏会をおこなってきている。

 また最近では流行のワインブームに乗じて、ワインパーティーつきのコンサートも増えてきている。そうなると必然的にワイン目当てで音楽のことはあまりわからないというお客様もいらっしゃるだろうということで、「わかりやすいお話など……」と頼まれる。

 パリにしばらく住んでいて感じるのは、向こうの聴衆は、一つの演奏会に対して、大方は同じものを求めるお客様で演奏会場が埋めつくされているということ。それはつまり、ある演奏家がとてもマイナーな作品を演奏したとしても、だからこそ聴きに行きたい聴衆が集まるということだ。それに対して、我が国では、いわゆるマニアックに細部までよく知りつくした人と、初めて音楽会にくるような人が混ざっていると思う。

 東京という巨大な市場で一晩におこなわれる演奏会が、すべて作曲者のことも演奏者のこともよく知りつくした人々で埋まるのであれば何の問題もないが、そこにかなりの割合で「興味はあるければなんか難しそう」という人がいるとすれば、決してこういう人たちを無視することはできない。

 僕自身の個人的な意見を言えば、すべてを知りつくした専門家に近い人より、よくわからないという人に感動してもらったほうがもっと素直にうれしい。それはつまり、いろいろな演奏を聴いている人であればあるほど、「今の自分の演奏は過去の誰それの演奏と無意識であっても比べられているのだ」と思ってしまうのに対して、これからの無限の可能性のある無垢の聴衆にはより多くの発展性を感じることができるからである。

 だからそういう人が少しでもコンサートになじめるようにお話を入れたりする依頼は、ごく一部のよくわかっている人には無用のものだとしても、僕は喜んで引き受ける。演奏会の究極の形は、余分なプログラムの解説もお話もないものであることは当然認めるが、現在の日本での演奏会をすべてその枠に収めるのは無理だろう。

 話をしながら演奏をするのは気が散るのでは、と心配される人もいるだろう。実際、演奏のみで十分楽しめるもの、もしくは、話が入ったりするのはふさわしくない曲や演奏会というものもある。それとマイクを持ってしゃべると、マイクを持ったままの形に手が固まってしまうということもある。しかしそれでも、実のところ楽しいのか感動しているのかわからない聴衆を前に黙々と演奏するより、話を入れることによりもっと理解が深まるのであれば、後者を僕は選ぶ。慣れればそのことによって、演奏の質が落ちるなどということも、たぶんない。

 僕は演奏曲目が誰にでも表面的にわかりやすいものに偏ったり、故意に他人と違った変わった演奏をしたりすることは嫌いだし、やらない。でも、話をする専門家ではないとしても、普通のごく一般の人と同じように話をすることくらいは、綱渡りのような、また清水の舞台から飛び降りるような緊張を強いられる演奏会の合間にでもできないことはない。

 今後も音楽愛好家の裾野を広げる意味でも、より多くのお客様に音楽を楽しんでいただく意味でも、お話つきの演奏会を開いていきたいと思っている。

 


「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 1 ピアノの楽しみ」より

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