楽器の事典ピアノ 第6章 日本の主要ブランド一覧 7 アポロ

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わが国のピアノ製作のあゆみ

独自の特色を発揮したメーカー

アポロ

 東洋ピアノの誕生 アポロピアノを製造している浜松の東洋ピアノ製造株式会社の発祥の源は、1934年にさかのぼる。初代社長であった石川隆己氏が、日本楽器および河合楽器で約10年間ピアノの技術を修業した末に、天龍川の東岸の竜洋町で三葉楽器という小さい工場を作ったことに始まる。
 このピアノエ場は終戦間際まで稼働していたと伝えられるが、何しろ戦時中であったために、どのような楽器が作られていたのかはさだかでない。
 東洋ピアノの設立は1948年の6月10日と記録されているが、その以前、つまり1947年の1月に、石川社長は中島飛行機の教官であった大谷藤四郎氏を副社長にして有限会社東洋楽器製作所を作っている。終戦直後の混とんとした世相のなかで、楽器を作って殺伐とした人の心を和らげ、少しでも社会に貢献したいというのがこの2人の目的であったという。
 最初の従業員は30名ぐらい。焼け後を走り回って材料を掻き集め、足らないところは戦時中の貴重な経験によって、いわゆる代用品で補い、低音部の弦などは電線の銅線を巻きつけて、とにかくピアノらしいものを作り上げた。ともかく、終戦後最初のピアノを、他社に先がけて作り上げる功績を杲したのである。
 東洋ピアノ製造株式会社を発足させてからの石川社長の活躍はすさまじく、その後の30年を阿修羅のように働き続け、この会社をわが国ではヤマハ、カワイに次ぐ生産台数を誇るピアノ製造会社に成長させたのである。
 この初代社長は惜しくも故人となられたが、生存中は八面六臂の活躍をされ、部下には極めて厳格で恐しい親方であった。気に入らないアクションができた時には、乾燥炉に放り込んで焼やしてしまったという。
 現在の社長である長坂晃弘氏は、ながらく経理部長で営業本部長などを歴任して会社に貢献してきた人で、初代社長とはうって代った温厚篤実な紳士である。「私か引き継いだときはこの会社はでき上がっていました。私は音楽も好きでないしピアノにも精通していません」という謙譲な言葉の裏には堅実で誠実な人格がしのばれる。この社長の統率のもとにアポロピアノは着実な発展を続けている現状である。

 アポロピアノの原型 現在のアポロピアノが、歴史的に見て、どの系統のピアノを原型にして発展してきたのかは全くわからないという。さまざまな技術者が改良に努力した永い年月のうちに独特なものが生まれたのであろう。
 初代社長は、前述の通り、日本楽器と河合楽器の製造技術を学んでいるし、その後、足田幸吉氏(日本楽器の初代社長である山葉寅楠氏の両腕として山葉直吉氏と河合士巾氏がいたという。この山葉直吉氏の一番弟子がこの人である)が技術顧問をしていたこともあるし、現在の技術指導をされている谷高登氏は広島の東洋楽器(ワグナーという‘ブラッドのピアノを作っていた、現在はない)その他の会社で武者修業をして腕を磨いた人である。

 その特徴 アポロピアノの設計上あるいは製作技術の上で。ピアノの機能的観点から見た場合、特に特徴づけられる点は見当らない。
 機構的諸点の詳細についてはわからないが、高級ピアノとして、アペフライトはその背だけが高く、アップライト、グランド共に極めて堅牢に作られていることは見逃せない。いずれの機種も、したがって重い。なお最大の特徴といえる点けその入念な製作方法であろう。
 近代的な生産工場の場合、生産の合理化と機械化がスケールメリットを生みコストの逓減につながる。ピアノというほとんど木材で作られる楽器の場合、機械化によるベルトコンベアーあるいは標準作業工程による高率化した生産システムが必ずしも良品質の製品を生み出すとは考えられない。
 アポロピアノも、そのアウトプットが多いので、以前は一貫作業で作っていたが、現在では多くの下請業者を使い、その最終的な組立て、調整、仕上げにほとんどの技術を集中している。これは賢明な方法である。
 その工場は雑然としており、一見非能率的にも思えるが、最終的な生産段階において手工的な枝術を傾注してのんびりと作って楽器としての生命を吹き込んでいることは、ピアノの場合、最も大切である。
 東洋ピアノの工場では、もちろん機械化される部分は充分に設備が恠えてあるが。この調整の部門に過剰なほどの人員を配置して、音楽的に、また機能的に優れたピアノを作り出す最大の努力をしている。このノンビリ方式は社長の誠実な人格と技術を指導する幹部の心構えによるものであろうが、利潤追及と能率主義が第一目的とされている今日、珍しいことである。

 アポロピアノの機種 アポロピアノはグランド2機種、アップライト10機種が作られている。1981年4月からアップライトSRシリーズが発売されたが、このSRはシュアーレスポンス(確かな手応え)という自信のもので、SR580は外観はロココ風で格調が高く、レッナーアクション、レンナー(ンマー、象牙黒檀鍵盤、総アグラブ方式など、すべて最高級なアップライトピアノである。
 SR550、SR8Kは、新しく研究開発されたカットブリッジに万式を採用している。これはフレームの孤上面上に一体にしたブリッジを弦と直交するように設定、弦の支持点と駒ピンとの問の弦長を各弦ごとにそれぞれ同長となるようにし、弦長均等保持装置で弦の張力および振動を均一にし、倍音共鳴効巣をより良くさせ、一段と音色に美しさを持たせている。そのほか、外観など各機種ごとにそれぞれ特徴を持たせているのがSRシリーズである。

アポロA.png                     [画像]アポロ SR-580 133㎝

アポロA.png                     [画像]アポロ A-35 206㎝

アポロSR550.png                     [画像]アポロ SR-550 132㎝

アポロSR8.png                     [画像]アポロ SR-8 132㎝


 アポロの弱音ペダル 現在のほとんどのアップライトピアノには中央に特殊な弱音。ペダルがつけられている。この弱音。ペダルは踏み込んで左側に押すと固定される方式になっているが、アポロピアノのこのペダルは、プッシュボタン方式のスイッチのように、一度踏むと元に戻るという便利な形式になっている。この考案はパテントとなっているが、極めて有効なものと思われる。アップライトの3本。ペダルつきを国内で最初に発売したのは東洋ピアノであるという。もっとも輸出用としてはそれ以前に、日本楽器が「ゴルスキー」という東南アジア向けの3本。ペダルの楽器を作っていた。
 アップライトの左側のソフト。ペダルは、ハンマーの打弦距離を変更するものとして古くから使われていたものであるが、中央の新しい弱音。ペダルは騒音防止ーー楽器の音、つまり楽音は最近では騒音のカテゴリーに追い込まれるという悲しい社会環境となってきたーーとしては有効であるが、音色的にはどう考えても戴けないものと思える。
 この弱音方式では、フェルトの布をハンマーと弦との閧に置いて、ハンマーの先端の弾力を多くして音を小さくするものである。このフェルトの布は3枚に分れ、普通低音部のものは厚さが21ミリ、中音部と高音部のものが共に16ミリで、幅は約80〜85ミリ、ストライクポイントは8〜10ミリであると聞く。しかし、実際に弾いてみるとどう考えても夕ッチが奇妙で音色もピアノらしがらぬものに化けてしまう。その理由は次の原因に基づくという。
 
 ☆フェルトが繩のれんのような形で、ハンマー一個に対して別々になっておればよいのであるが、3枚に分れているだけであるから隣りの柢抗まで加わるためキーのタッチの感触が大幅に変化する。
 ☆打弦の力を1500グラムと仮定した場合、普通の演奏の際とこの弱音装置を使ったときの音のボリュームの測定比率は66ホーン対62ホーンであるという。つまり、この弱音装置ではあまり音は小さくならないという数字が現われる。しかし、実際に耳に感じる音は極めて小さい。その理由は含有倍率が大幅に変化するためである。

 つまり、この弱音装置は運指のレッスンにしか使えないであろうとの説明であった。

 アップライトグランド 東洋ピアノでは。アップライトグランド。という名称の珍しいピアノを製作したことがある。この楽器は響板を広くして最高音と最低音の両側に弦を追加し、この双方をそれぞれ最高音より半音高く、最低音より半音低く調律したものであった。この装置は最高音と最低音の音質を良くするもので、アップライトとしては最も大型で音量音色共に申し分のないユニークなものであったが、製作コストが高いため現在は作られていない。1962年の頃で品番はAー380であった。
 
 グランドピアノ グランドピアノの現在作られているものはセミコッサートまでの2種類であるが、アクションには、高級アップライトと共に、輸入品のレンナーアクションを使い、すべての個所に厳選された材料を用い、半手工的に作られているのでその性能はいうまでもない。これらのグランドは脚も太く堂々とした重量感がある。
 
 重いピアノは良いピアノ ある婦人雑誌に重いピアノは良いピアノその逆も又真なりという記事が出たそうである。その説明として「軽いピアノは材料が節約してある」と書いてあったという。
 楽器の選択法はたしかに難しい。しかし音を無視して重さだけで選ぶとは論外である。アポロピアノは平均して重いほうなのでこの心配がないはずであるが、この会社にも次のような珍奇な話が残っている。
 東北ヘピアノを送ったところ、日通の送り状に記載されてある重量とカタログにある重さが違うため、代金がどうしてももらえなかった。つまり目方が足らないからまやかしものであるとみなされたのである。
 ピアノを選ぶ際は結婚相手を選ぶときのように、家系、性格、容貌、健康さなどで決めるべきで、やはりその道のベテランの意見が最も大切である。ましてや重さや背の高さで単純に決断を下しだのでは相手に失礼に当る。
 背の高さといえば、ピアノの高さもしばしば品質の良否の判断基準として持ち出される。アポロピアノには背の高いものが多いのでこの点心配もないが、必ずしも高ければ弦長が大きくて音色が良いとは限らず、上げ底式に高いものもある。
 
 オプションピアノ 東洋ピアノは規模は大きいが小回りのきく会社である。仕上げ工程がのんびりと念入りに行われるので、オプション注文ができる。そのためか、この会社ではアポロピアノを初めとして各種の優れたブランドの楽器を作っている。多分ブランドの数ではわが国随一であろう。現在までに作ったオプション注文の珍しいものとしては、フロントパネル
にガラスをはめ込んで内部機構が透視できるもの、油絵を入れたもの、白黒の鍵盤が逆のもの。真珠色に輝く白鍵のついたもの(この白鍵は一組だけ残っているという)、特殊な高価な材料を使った黒鍵のものなどかおるという。
 東洋の楽器である琴、月琴あるいは琵琶、板胡(椰子の殼を胴にした胡弓)などでは響板に桐の木を使っているので東洋的な味のある音色が出る。東洋ピアノでは、その名の通り東洋的な音色のピアノを作るために、スプルースの代りに桐の柾目を使った特殊な楽器を5、6台製作したことがあるが、その音はボリュームこそ出なかったが、いかにも情緒綿々たるものであったという。
 ピアノのオプションの場合、内部機構の変更をすることは不可能であるが、外装、つまりケースの材料、塗装の色、形態などはある程度変更することができる。
 なお、他人に贈る場合や子孫の宝としたい場合に名前や献辞を入れることも可能である。ピアノがこのように普及してくると、ある種の自動車のように、他人の持っていない特注品が持ちたくなる。東洋ピアノはこの希望を叶えてくれるメーカーである。
 身体障害者の採用 最後にこの会社の明るい話題を拾って終りとしよう。東洋ピマノでは身体障害者の採用を積極的にして、普通の従業員と同じ職場で働いてもらい、給料も差別なく支給している。昔、日本でピアノが作られていない頃、イギリスの技師が上海で中国人にピアノを作らせていたとき、技術を盗まれないために、調律を盲人にだけ教えたという話を聞いたことがあるが、これに反して現在の東洋ピアノの職場は実に明朗である。現在身体障害者は全従業員の8パーセントであると聞いたが、彼等にとってハンディを乗り越えて思い切り働けるこの職場は理想郷であろう。





改訂 楽器の事典ピアノ 平成2年1月30日発行 無断転載禁止


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