楽器の事典ピアノ 第4章 日本の代表的な2大ブランド 二代目社長、独創性を発揮して急成長

HOME > メディア > 楽器の事典ピアノ > 楽器の事典ピアノ 第4章 日本の代表的な2大ブランド 二代目社長、独創性を発揮して急成長
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

二代目社長、独創性を発揮して急成長

 河合楽器製作所が合名会社から株式会社へ組織変更されたのは一九五二年のことで、この時、現社長の河合滋氏が専務取締役に就任している。河合滋氏は陸軍士官学校出身の陸軍将校で、嘱望されて小市氏の次女の養子に迎えられた。
 滋氏は会社の復興に立ち向かった。しかし、同族的な係争が残り、財務状態が極度に悪化した河合楽器を建て直すことは至難なことであった。彼は寝食を忘れて東奔西走し、会社の全員を激励して見事に統一するとともに
取引先の賛同を得て増資に成功し、見事に難局を突破したのである。
 彼は、一九五五年に二代目社長に就任しているが、その卓越した経営手腕と超人的な努力によって、河合楽器を驚くほど短い期間に大会社へと成長させていった。 滋氏は、ピアノの一貫生産を目的とした巨大な工場を舞坂に建設し、生産工程を細分して正確な生産標準時間を定め、機械加工による均一性と互換性を重視し、先代社長の創り出した優れたピアノの生産の合理化と近代化を計った。さらに販売面では直売制度を実施、マーケッティング活動としてもさまざまな独創性を発揮し、海外市場へも販路を拡大していったのである。
 河合楽器は一九五二年から一九六一年までの十年間に資本金で千二十八倍、売上高で七十五倍、利益高で百七十六倍という驚異的な発展を遂げている。二代目社長の並々ならぬ努力によったものだろう。河合滋社長は極めて多くの公務を持つにもかかわらず、若人の野球の指導にもその情熱を傾けているという。
 河合楽器の創始者である河合小市氏は、一九五三年に、その功績に対して藍綬褒章が贈られ、一九五五年に七十歳でこの世を去った。彼は、生涯クラフトマンとして生き続け、無形ではあるが、貴重なかずかずの文化遺産を残した、。楽器王″の名にふさわしい優れた人物であった。
 河合楽器本社の一隅に河合小市氏の胸像が建てられており、その石額には次のような碑文が刻み込まれている


 景 仰
明治十九年一月五日浜松市菅原町にうぶ声を上げ、昭和三十年十月五日浜名湖畔舞坂町に天寿を終る。十一歳山葉楽器研究所に入り、精励十年二十一歳アクション部長となる。三十六歳欧米視察後名技師長として信望を一身に集め、四十二歳河合楽器製作所を創立、ますます独創の才能を発揮してつぎっぎに楽器構造上の諸発明を完成して多くの特許を得た。七十年の春秋を国産楽器の発展と文化の向上に尽した功により、昭和二十八年藍綬褒章を授けられた。国産楽器製作の父。世界人類文化の母。
 昭和三十一年四月
               翁を敬慕するものたち

 カワイのグランドピアノ
 さきに詳しく述べた天才的なピアノテクニシャンであった河合小市氏が心血をそそいで作り出し、二代目社長の河合滋氏の努力によって近代化されたカワイのピアノは、わが国の代表的な楽器として、永らく人びとに愛され親しまれてきた。
 現在、その機種としては、数多くのアップライトとグランドが作られているが、演奏会用楽器あるいは本当にピアノ音楽を楽しむためにはやはりグランドピアノが重視されるであろう。
 カワイのグランドは、以前のものはその脚がやや太くスマートさに欠けていたが、音色は抜群で全国にその愛好者が極めて多く、いつの時代にもその評価が高い楽器であった。しかし、その太い脚も一九七〇年頃から次第に細くなり、現在ではその姿も美しく、音色も機構も以前にまして優れたものとなっている。
 ピアノの音色は、耳の感覚で受け取るもので、文字では絶対に表現できない。なおその弾きごこちも実際に弾いて見なければ判断できず、これもまた文章で書き表わすことが不可能である。したがって、やや専門的で難解なものとはなるが、その構造上の重要な諸点からカワイピアノの音色の良さを探ってみよう。

  ピアノの弦の長さ、太さ、比重および張力などはその機種の大きさによりそれらの適正値が既に解明されているが、その低音部の巻線については、銅線を芯線に巻きっける強さの度合によって音色が変化するという。
つまり巻きっける銅線と芯線の接触の度合いが強過ぎると音の伸びを失い弱過ぎると雑音が出る。
 カワイピアノでは、いうまでもなく巻線を自社開発の精密機械で生産しているが、その接触の程度を適正にするために細心の注意を払っている。なおこの巻きかたの強弱と、弦の張力および応力などが、含有倍音の構成とそのレスポンスとディケイの形成に重大な関係をおよぼすそうである。

 響板 響板はピアノの音を決定する最も重要なものである。材質としてはエソ松およびスプルースが使われるが、その素材は現在ではフリッチとよばれる角材で入手される。このフリッチの材質にはさまざまな品質と木目のものがあり、最高の品質で細かい木目(普通は二〜三ミリ以下)のものをコンサートグランド用として使い、以下、グランド、ヅップライトの順序で良いものから使っていく。なお響板の木取りは柾目が原則であるが実際には追柾という少し斜めのものも混じる。グランドの場合は柾目のものを選び、普通十三ミリの厚さに製材するが、フルコンの場合は特に十五ミリ程度にして充分シーズニングの後で正確に加工する。 なお響板は十二〜十五枚をハギ合わせて作るが、最適の板を集めるには熟練した作業者が材料を充分吟味するか、測定器で選ぶ方法をとっている。

 響板のクラウン 響板は平らなものではなく、駒にかかる弦の圧力に耐え、さらに音質を良くするために、バイオリンの表板のように中央を盛り上らせて曲げる。これを専門語でクラウン(英語)、技術用語でムクリ
 (日本語)という。その盛り上りの高さは、機種によってやや異なるが、約八ミリ程度で、山の頂上は次中音部つまり低音部から数えて五十二鍵目の付近の駒の位置で、その等高線はさまざまな形態の楕円型とな。る。響板は高音部がやや厚く低音部がやや薄く削られる。これに響棒をつければでき上るわけであるが、正確に作り上げても必ずしも理想的に共鳴して美しい音が出るとは限らない。
 そこで仕上った響板を、エンプリカルな方法ではあるが、手で叩いて優劣の判断をする。西瓜を叩いたり、病人の背中を叩いたりして熟れ工合や病状を推察するのと似ている。この操作のできる特殊技術者かおり、この操作を専門語でタッピングとよぶ。なお河合楽器の研究室ではこれを特殊な測定器で識別する方法を開発中であるという。この研究の現段階では熟練者の判定と結果がほとんど一致しているそうである。この検査の後で微調整をすることはいうまでもない。

  駒は弦楽器の場合、最もその音質を左右する要素となるが、ピアノの際は響板と一体として考えるべきで、そのインピーダンス・スティフネスおよびレジスタンスが最適となるように、しかも各鍵盤の音に応じて調整してあるとのことである。
 ダウンベアリング ダウンベアリングとは弦を張る際に片端が折り曲げられているその角度のことである。この角度が少な過ぎると雑音の原因となるが、角度の変化によって音質が変ることはほとんどない。ただし、フォアーレンスおよびバックレンズとよばれる振動する部分以外の前後の余分な弦は、ブルッツナーのアリゴッドシステムのように共鳴して高倍音を出し、音色を華麗にするのに役立つという。そのためグランドピアノのヒッチピンの手前には、三角枕とよばれるクロームメッキをした金属部品が弦の下に差し込まれている。


カワイ音楽教室
カワイ音楽教室.jpg


 打弦点と打弦距離 打弦点とはハンマーヘッドが弦を叩く場所のことで低音部と高音部では異なり、約二十分のIから八分の一 (振動する弦の長さの)まで変化する。
 なお、この変化は直線的なものではなく、さらにハンマーの状態および弦の張力変化によっても変えられるべきであるという。 カのグランドピアノでは音の深み、豊かさ、重量感、明快さ、華麗さ、軟らかさ、拡がり、浸透性および伸びなどのすべての点を考慮してこの打弦点か決定しているという。えらく欲張った話であるが、どんなに難しくて微妙なものであるかは理解できる。なお、打弦距離はすべて四十六ミリで均一である。

 ハンマー 音質的に考察した場合、弦とハンマーは、鐘と鐘木のように
切り放しては考えられないものである。ハンマーヘッドは低音部から高音と音質との関係は、常人には到底理解できないほどの多くの要素を含んでいるものなので除外することにしよう。
 現在のハンマーヘッドのフェルトにはグレイ系統のカラーインク(色つけ)がされているが、これは視覚的効果があるだけでなく防虫防湿などにも役立つ。

 アクション 河合楽器がアクションの研究に最も心血を注いでいる点は正確度や耐久度はもちろんであるが、そのコントロール性にあるという。これは演奏者の感情がどのようにアクションを通じて表現できるかということで、その複雑な各部分の慣性および質量のマッチングを徹底的に追及し続けている。
 なおヽアクションは経年変化や使用度によって変形あるいは磨耗などの変化を起こすことは絶対にさけられないものであるが、河合楽器のフクションの最大の長所は、演奏者にこの違和感を感じさせない点であり、現在もこの研究に最大の努力が払われている。
 なお、カワイグランドの全機種に、特殊な演奏効果を生むソステヌートペダルがつけられている。
 以上述べた諸点がカワイのグランドピアノの優れた音色と演奏の容易さを生み出す要素のある一面であるが、ピアノは芸術を生み出すためのものであるから、奏者のフィジカルな、あるいはメンタルな感覚がその価値を大きく左右することは否めない。つまり、演奏者と設計研究者と製作技術者が一体となって互いに交流しなければ理想の楽器は生み出せないのである。

 


改訂 楽器の事典ピアノ 平成2年1月30日発行 無断転載禁止


▶︎▶︎▶︎
▷▷▷楽器の事典ピアノ 目次
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
KAWAI
YAMAHA WEBSITE