楽器の事典ピアノ 第2章 黄金期を迎えた19世紀・20世紀 11

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[画像]弦ー巻線 ヤマハアップライト

 ピアノの音は弦から生まれると一般に思われているが、サウンドボードの説明の際に述べた通り、弦が引き起こす振動のエネルギーは極めて小さく、アクション、サウンドボード、フレームケースなどのすべてが一体となって初めてピアノの華麗な音色が生まれてくる。ピアノの音の場合、結局どの部分が鳴っているのかはっきりしないのである。
 理論的に言えば、弦はハンマーの運動エネルギーを振動エネルギーに変え、これを駒を通じてサウンドボードに伝達する役割を果たす。そのために、どのような太さの、どのくらいの重さの、いくらの長さの、そして張力はどのくらいの弦が最適であろうかという研究が長年の間続けられ、さらに何千回にもおよび実験が重ねられて、今日のピアノの弦とその取り付け方が生まれてきたのである。

 昔のピアノの弦 1834年以来、つまり、モーツァルトやベートーヴェン時代のピアノの弦は、普通の鉄か真ちゅうで作られており、その張力が弱かった。そのため、ピアノの音はか細く、神経質でピリピリと気に触るものであったという。鉄や真ちゅうの弦では強大なエネルギーを得る事は難しく、さらに張力が少なかったために、最強音で演奏する際は音が割れるのが通常であった。
 記録によれば弦楽器用の鉄製の弦は、1351年以前からドイツのアウスブルグで作られたと伝えられているが、ピアノの弦を最初に作り出したのはニュールンベルグのフックスであり、18世紀のクラビコードやチェンバロの弦とともに、当時としては特殊なものであったピアノの弦を製作していた。
 次に1820年頃、ベルリンにフックスをしのぐ工場ができたが、1834年にイギリスのバーミンガムのウェブスター・アンド・ホースホールがキャストスチール(鋳鋼)のピアノワイヤーを生産するにおよんで、その品質の優秀さでたちまち市場を独占してしまった。
 ポールマンのピアノ弦 やがて、1840年にウィーンのマシアス・ミラーがウェブスターより優れた弦を作り出し、これを追いかけたイギリスのローラソン・アンド・サンズおよびスミス・アンド・フートンの製品などと激しい生産競争が行われるようになった。
 結局、ニュールンベルグのモーリッツ・ポールマンが、1855年に決定的な制覇を成し遂げている。1867年のパリの博覧会で、プレイエル社の弦の検査機会によって、あらゆるメーカーのピアノの弦の性能テストが行われた。この時、ポールマンの弦は群を抜いた最優秀の成績をおさめ、以来、欧米のピアノメーカーは競ってこの弦を採用し始めた。
 ポールマンはその後、その弦の抗張力、サイズの均一さ、仕上げの美しさ、防錆法などに不断の研究を続け、1873年のウィーンのコンテスト、1876年のフィラデルフィアのコンテスト、さらに1893年のシカゴの博覧会などで、常に首位の栄冠を勝ち得たのである。
 ピアノの弦の品質の向上の条件はすでに述べた通りだが、ポールマンが特に重点的に改良したのは、その張力を上げた時の抗張力の向上であった。ポールマンの弦は1867年のパリ博覧会から1893年のシカゴ世界博覧会までに抗張力が50パーセントも増加した。
 現在、スチールワイヤーは、欧米各国を始め、わが国でも大量に作られているが、その抗張力はほとんど理論的な限界にまで向上している。しかし、まことに不自由なことに、そのゲージ(直径)が世界共通でない。そのためピアノのフレームに表示されているゲージを確かめる必要がある。
 弦と音程との関係 弦と音程の相互関係については、長さ、張力、太さ、比重のそれぞれの変化と、振動数の相関性を現したメルセンヌの公式がある。これを文章で現すと、「音程、つまり弦の振動数は弦の長さに反比例し、質量の平方根に反比例し、さらに張力の平方根に反比例する」ということである。
 弦が長い場合および太くて重い場合には音が低くなり、張力を上げれば音が高くなるということで、さらに具体的にいえば、
(1)高音部のCの音の弦の長さを仮りに20センチとすると、そのオクターブ下のCの音の弦は40センチ、2オクターブ下は80センチとなる(太さと張力が一定の場合)。
(2)弦の重さが四倍になると音程が1オクターブ下がる。
(3)張力を四倍にあげると音程は1オクターブ上がる。
 ただし、これらの弦の公式は純粋理論でのみ成り立つもので、実際には弦の硬さのために、その両端のわずかな部分が振動しないこととなり、この方式通りにはいかない。

 弦と音量との関係 弦の張力を増加すると、張力の弱い弦に比較して振動させるために大きなエネルギーが必要となり、その反面、振動は長く続いて、サウンドボードに大きなエネルギーを与えることになる。つまり音が大きくて長く続くようになるのである。
 ピアノの弦の音には、基音に対して2、3、4、5、6、7、8、9……倍の振動数を持つ倍音を含む事は言うまでもない。しかし、実際上これらの倍音は、弦の硬さと強大な張力のために、理論的に計算される倍音よりシャープなものとなる。さらに、たとえ正しい倍音が出たとしても、ピアノは平均律に調律されるために、オクターブの音以外はスケールの各音と合わないものになってしまう。この点にピアノの音の特徴があるともいえるだろう。
 低音部の巻線 現在のピアノの低音部の弦にはスチールワイヤーに銅線を巻いた巻線が使われている。この巻線がいつ頃発明されたか、またどのように発達してきたものであるかに関する記録は残念ながらほとんどない。多分、19世紀の初めには広く用いられていたであろうと想像されているだけである。巻線のできるまでは太い鉄の裸線が用いられていた。その頃、太い裸線は振動し難いので、中央が太くて両端が細い、テーパーのついた弦を作り、最も太い部分をハンマーで叩くという考案もなされていたと言う。裸線を巻線にすれば弾性が大きくなる事はいうまでもない。そのため、振幅が大となって音量を増大することができたのである。
 プラチナの巻線 19世紀の初めに、ウィリアム・バンディというメーカーが巻線の銅のワイヤーを、金あるいはプラチナでメッキする方法を考案している。これは従来の銀メッキと比較して金やプラチナは比重が大きいので、音色の純粋さを増し、さらに音量を増大すると主張したが、これはたち消えになってしまった。
 ゴムや羊腸線を被せた弦 1845年にニッケルズと呼ばれるメーカーが、ピアノの金属的な音色をさけるために、弦に硫黄で処理したゴムの糸やガット(羊腸線)を巻いてかぶせる方法を考案したが、これもモノにならなかった。
 複弦 現在のピアノの弦には、各音に対して、一本弦のもの(モノコード)と二本弦のもの(バイコード)、三本弦のもの(トライコード)とがある。弦の数を増したのは、いうまでもなく音量を増加させようとしたためである。
 ベートーヴェンは各音に四本ずつの弦を持ったピアノを弾いていたという記録がある。彼の作品でうかがわれるように、感情を過度に表現することができることと、耳が遠くなったために、このようなfffのでる楽器を選んだのだろう。
 弦が多くなると音量は増大し、音色も華やかになるが、次のような欠点が生まれてくる。
(1)弦の張力の合計が増大して楽器の構造に無理が来る。
(2)調律が難しくなり狂いやすくなる。
(3)ハンマーが平均に弦を叩くことが不可能になり、音色が乱れてくる。そのため、昔のピアノでは一音に対してハンマーを二個使う構造のものもあった。

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弦ー裸線 ヤマハアップライト

改訂 楽器の事典ピアノ 平成2年1月30日発行 無断転載禁止


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