楽器の事典ピアノ 第1章 ピアノの生誕と発達の歴史 10

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[画像]数々の素晴らしいウィーンのピアノが作られた当時のウィーン風景(リング通り)


〈シングルアクション〉


 シングルアクションは、主としてクラビコードに形が似た小型のスクエアピアノに用いられていた。
 ジルバーマンの弟子であったヨハネス・ツンペはもっぱらこのシングルアクションを使い、七年戦争で他の技術者と共にイギリスに渡って以来、彼らの手で作られたイギリスのピアノのほとんどはこのアクションを採用していた。
 シングルアクションを使った場合、ピアノの音量は非常に小さく、表現力も劣り、さらにキーを力強く叩いた場合に、ハンマーがはね返り過ぎて弦を二度叩く故障が多かった。このシングルアクションのダンパーの装置としては、鍵盤の左側に二個の引き出すストップがついており、一方は高音部の、他方は低音部のダンパーを持ち上げるようになっていた。

〈ダブルアクション〉

 クリストフォリは、彼がピアノを発明した当初から、天才的な洞察力でアクションを設計した。彼の使ったダブルレバーは、キーを押さえる際の指の動作を、スピードにおいても距離においても倍加する役割を果たし、ハンマーが弦を叩く時の速度を最大なものにし、かつその運動する距離を大きく伸ばしたのである。
 さらにエスケープメント装置の採用によりレペティション(同じ音を急速にくり返して弾くこと)が可能となり、チェックを取りつけることにより、ハンマーのはね返りを防止した。
 このような設計により、演奏者はピアノという楽器で、驚くほどダイナミックレンジの大きい音を引き出すことができるようになったのである。つまり、鍵盤を軽く押さえればピアニッシモの音が出せるし、強大なフォルティッシモの音も、ハンマーがブロッキングすることもなくまた、はね返って二度以上弦を叩くことなしに、出すことが可能になったのである。
 さらに、エスケープメントを完全に調整すれば(通常ハンマーが自由になる位置は弦から約2.5ミリくらい離れたところといわれている)、タッチは洗練されたものとなり、いささかのエネルギーのロスを起こす "あそび" の感覚もなく、レペティションは完璧で申し分のないものとなる。
 クリストフォリ以後のピアノメーカーたちは、この最初のアクションのメカニズムを、時代の流れと共に改良し続け、19世紀の初めまでに、現在のコンサートグランドの、丈夫で信頼でき、さらに敏感なアクションを完成したのである。
 イギリスでは、当時、ダブルアクションはほとんど用いられず、18世紀の終わりまでシングルアクションが全盛であったために、シングルアクションは別名イングリッシュアクションと呼ばれていた。このアクションのピアノは、次に述べるウィンナアクションの楽器と比較して、キーの沈みが深く、タッチも重かった。

〈ウィンナアクション〉

 ウィンナアクションは、別名ジャーマンアクションとも呼ばれる、巧妙に作られたシングルアクションで、ハンマーはキーの端に直接につけられていた。チェックがつけられていないという欠点もあったが、イングリッシュアクションと比較した場合、はるかに優れたレペティションが得られたという。このアクションのついたピアノは1780年頃完成され、その頃のイギリスの楽器と比較した場合、次の通りの優れた諸点を備えていた。
(1)タッチが軽くキーの沈みが浅かった。
(2)ハンマーヘッドが軽く、なかには中空のものさえあった。
(3)ハンマーヘッドはバックスキンで覆われていた。
(4)高音部と低音部の音とのバランスがとれていた。
 当時この種のピアノの有名なメーカーとしてはシュタインがあげられているが、モーツァルトはシュタインの楽器を演奏した際、絶賛の手紙を残している。
 モーツァルトは、このシュタインに似たアントン・ワルターのウィンナアクションのピアノを持っていたが、その音域は5オクターブぐらいのものであったと伝えられている。なお、当時のイギリスのグランドピアノの音域は5オクターブ半で、これがやがて6オクターブに広がっている。
 ピアノの音域が拡大された理由は、19世紀に入ってから、ピアノでオペラやシンフォニーの曲をアレンジして弾き始めたからで、メーカーは作曲家や演奏家の要求に応じて、次第にキーを付け足していったといわれている。
 さきに、ウィンナアクションとイングリッシュアクションとの機能的な相違点を列挙したが、当然ながら両者の間には音色上の違いがあった。おのおのの機構上の差をあげてみると、
(1)ウィーンのピアノの弦はイギリスのものに比べて細く、実測ではイギリスの楽器の弦が50パーセントほど太かった。
(2)ウィーンのピアノの弦は高音部のごく一部が三本である他はすべて二本であったが、イギリスのピアノでは全音域にわたって三本であった。
(3)両者の響板の材質と厚さは大きく違っており、ウィーンのピアノのものは薄くてフラットであったが、イギリスの響板は厚くて、外側に湾曲するように作られていた。
(4)ウィーンのピアノのケースはただ装飾的な役割を果たすだけのもので、楽器自体は頑丈なベースと多くの力木から成っていた。その反面、イギリスのケースは弦の張力を支える役目を果すもので、その底部はケースの一部に過ぎなかった。
(5)ウィーンのピアノのハンマーは軽く、イギリスのそれは重かった。そのため、前者はエスケープが早く、急速な弾奏が可能であった。
(6)ウィーンのダンパーは重さが適当で、ダンピングの効果が完全であったが、イギリスのものは軽過ぎて不完全であった。

 以上の通り、ウィーンとイギリスの双方のピアノにはおのおのの長所と欠点があったのである。
 そこで、それらの長所、つまりウィーンの楽器のレペティションに優れた敏感さと、イギリスの楽器の音量の強大さを合わせ備えたピアノを作り出すべく長年の努力が続けられた。これに対して、当時の作曲家や演奏家たちもそのために限りない援助を与えた。モーツァルト、ベートーヴェン、さらにクレメンティやその弟子のフンメルなどが、演奏技術の上からも、改良発達に関する多大のアドバイスを与え、18世紀の末までにピアノを楽器の王座に押し上げたのである。


改訂 楽器の事典ピアノ 平成2年1月30日発行 無断転載禁止


▶︎▶︎▶︎第1章 ピアノの生誕と発達の歴史 11 ピアノ時代の到来

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