オーフロイデ! ベートーヴェン交響曲第九番〜歓喜の歌の発音とうたいかた〜 案内編 “歓喜の歌”は俺たちのうた 俳優 武田鉄矢

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“歓喜の歌”は俺たちのうた   俳優 武田鉄矢

 工場の街「川崎」にあるエゴラド合唱団(「どら声」をさかさに読む)に集まる若い労働者たちが、第九をうたうまでを描いた映画「俺たちの交響楽」(監督 朝間義隆、原案 山田洋次 松竹映画)に主演したのは1979年のこと。

 私は高3のときロック・バンドを結成して以来音楽をやっているとはいえ、クラシックや合唱には門外漢でした。それに実は、人と声を合わせて歌うという行為を内心軽蔑していました。弱虫の集まりが数でごまかそうとしているように思えたからです。

 映画では“歓喜の歌”全曲が演奏され、アップで映し出されますから、私も全部ドイツ語で一生懸命練習したものです。あれ以来、《第九》が好きになりましたね。名曲といわれるだけあって、よくできている歌ですよ。

 私は、川崎の鉄工所に勤める工員の役をやりましたが、映画は実際の合唱団のメンバー、川崎で働く工員さんたちがたくさん出演していまして、彼らは相当無理をして、仕事をしながら映画制作のために来ていました。

 大企業の末端の下請け工場では、「映画のために3日ばかり休ませてください」なんて理由になりません。昼は撮影、夜は工場そしてまた朝になると映画、といったぐあいで三昼夜眠らずに松竹に来ていた子もいたんです。

 4日目には指を旋盤に巻きこんでけがをしてしまったのに、本人はヘラヘラと笑っていますし、いつもそんな調子なので、仲間たちも別に同情もしなかったのですが、見ていてつらかったですね。何しろ撮影に半年かかりましたから雇用問題でもめた人もいるようでした。

 彼らはふだんから仕事のかたわら合唱にうちこんでいるとはいえ、映画のときは団体全体がヒステリックになっていますから、ずいぶん迷惑かけたなあと今でも思っています。そんなわけですから、俳優の私が現実の彼らにまじって三交代勤務の工員を演じるのは正直いってつらかったものです。

 彼らは「なぜ第九をやるのか」なんて理屈で考えてません。《第九》というのはひとつの口実で、本当は寂しいから仲間を求めて合唱をやっているのじゃないでしょうか。ただ、ちゃんと頭の中に回路ができていて、本能的に「ベートーヴェンは決して俺たちの敵じゃない、友だちみたいなもんだ」と感じとってしまうのですね。

 これは非常につらい思いをして生きている人間の直感だと思います。手はゴツゴツ、金がないから人生設計なんかもできない、それでも平然と笑いながら撮影所にやってきて、本当にかわいい顔して《第九》を歌ってました。俳優にはできない顔です。人間として輝いている顔なんです。

 “歓喜の歌”は貧乏人の歌ですよ。ベートーヴェンは、いつの時代にも不遇に泣く者のためにこの曲を作曲したような気がしています。その中で訴えたものが時代をこえ、川崎の工員さんたちの胸の中に響くのですね。

 これは監督から聞いた話ですが、天才版画家といわれた棟方志功は、仕事にゆきづまると東北なまりで“歓喜の歌”をくちずさみながら彫り刻んでおられたとか。

 棟方さんのようなりっぱな芸術家があの歌を好むのはわかるような気がします。“歓喜の歌”には、落ちるところまで落ち、絶望に泣き疲れた人間が、死の直前に天をふり仰いで、あらゆることを許してしまうような強さがあるんです。作曲家のものすごいエネルギーがこめられているので、我々のようなエネルギーの足りない人間たちがエネルギーをおすそわけしてもらうために歌うような気がします。どこか信仰と似ていますね。仏さまの体にほんのわずかでも触れることで、その力を貸してもらうようなものです。

 暮れになると、みんなくたびれてくるので、ベートーヴェンという偉大で不遇の天才の生命力になんとかすがろうとするところがあるんじゃないですか。ですから、クラシックとかなんとかより、ひとつの呪文です。年末に《第九》を演奏するのを、ブームといって批判する人たちがいますが、そうじゃないと思います。ふだんは、ゴルフとキャバレーの話しかしないような凡人たちでも、《第九》の流れる12月の街角でいろんなことを考えているんです。《第九》はきれいごとじゃない、そんな気がしています。

 私のやっている流行歌はあとに残りません。時とところを越えて人々の心をひきつけるというのはたいへんなことなんです。いい歌ですね。“Freude Schöner…”というのは、いつまでも人々の心をうつ曲だと思います。(談)

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