横山幸雄ピアノQ&A136 から  Q10 ベートーヴェンの魅力

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ベートーヴェンの全曲演奏会やレコーディングを通して感じたこと、得られたことはどんなことでしょう。




 一九九八年の六月から一年がかりで計十二回、さいたま芸術劇場でベートーヴェンの全曲演奏会をおこなったが、このときは生前作品番号が付けられて出版されたものすべて、つまり三十二曲のピアノソナタ以外にヴァリエーションやバガテルなども網羅した。丸二年から年二回進めてきたショパンの全曲シリーズは、これと比べればゆったりとしたペースだったし、ラヴェルのピアノ曲全曲を一晩で弾いたときのことと比較しても、このベートーヴェンシリーズは、今までの僕の演奏活動の中でも群を抜く大仕事だった。それまでもたくさんの彼の作品を弾いてきたけれど、まとめてやるのとはわけが違った。

 1人の作曲家の一生をその作品でたどっていくことにより、作品の年代による変化の過程を自然と体で覚えられたし、楽譜の書き方のクセなども見えてきて、作品本来をどう感じていたのか、楽譜からより的確に理解できるようになったと思う。しかし、ショパンの作品を多く弾きショパンを知れば知るほど、どんどんショパンに近づけるような気がした(錯覚かもしれない)のに対して、ベートーヴェンという作曲家はいくらやってもさらに奥深さを見せつけられるようで、少しも近づいた気がしない、とてもそんな気軽な存在ではないと実感した。

 ショパンの生きていた時代というのは、今現在のパリの街並みから十分に想像がつくし、ショパン自身の写真も残っているし、伝えられるショパンの私生活というものもなんとなく理解できる。でも、ベートーヴェンの時代までさらに四十年さかのぼると(たった四十年の違いだけれど)、当時まだ写真はないし、となるとベートーヴェンの印象というと、あの有名なコワイ顔をしているイメージが一般的にはどうしても抜けない。残されたホントかウソかわからない誇張されたエピソードから想像する私生活も相当にすさまじいものだったろうし、やはり重要な点として耳の病気があったことも、ベートーヴェンという人を簡単には理解できなくしているだろう。

 そんなことから、彼の音楽は尊敬や崇拝の対象であっても、作曲家自身と自分自身をオーバーラップさせてみたり、まして「ベートーヴェンのようになりたい」という人はあまりいないのではないか。それが先に書いたベートーヴェン自身になかなか近づかない原因かもしれないけれど、それはベートーヴェンという人に対してであって、彼の音楽から受ける感動とエネルギーは計り知れない。

 そんなベートーヴェンにも、とてもユーモアあふれる作品があったりするけれど、優しさと厳しさ、素朴な明るさと絶望的な暗さの両極の性格が同居するベートーヴェンは、一度入ってしまったらその世界からは簡単に出られないほど奥が深いのと同時に、現代のピアノに至る楽器の発達は彼の生涯とともに劇的な変化を遂げた。ピアニストにとってはピアノ音楽の礎となる作品群だ。

「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 1 ピアノの楽しみ」より

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