ひかりごけ(光蘚)[全2幕]團伊玖磨作曲

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詳解 オペラ名作217 野崎正俊 より

日本オペラ

I. Dan, Louminous Moss 1971~1972

ひかりごけ(光蘚)[全2幕]團伊玖磨作曲


登場人物❖

船長(Br) 八蔵(B) 五助(Br) 西川(T) 裁判長(Br) 検事A(T) 検事B(B) 弁護人(T)

概説

「夕鶴」のような民話に基づく日本情緒豊かな作風で知られた團伊玖磨が渾身の力を込めて創作に取り組んだ意欲作であり、大阪国際フェティバルの委嘱により作曲された。これは安易に創作オペラと呼べるような作品ではなく、コーラスに女声を含む以外は出演者全員が男声歌手であるのも大きな特徴である。

 史実に取材して極限状態に置かれた人間の精神を扱った武田泰淳の戯曲を原作としており、歌うというよりは語るように一音一句が重要な意味を持っている。その点で團伊玖磨が作風を大転換させたというのみならず、日本のオペラ界に新たな局面を開いた問題作として音楽史上に留められている。初演では浅利慶太の卓抜な演出と結合して、衝撃的な興奮を与えた。

 ひかりごけ.png


第一幕

 

 昭和十九年暮、第二次大戦末期の最後の冬、北海道知床半島のマッカウスの洞窟。特別な任務を負った暁船団は根室から小樽に向かうが、吹雪のために難破した第五清神丸の乗組員四人はかろうじてマッカウスの洞窟にたどり着く。

 彼らは腹をすかして海辺で焚火を囲み、暖を取っているが、西川だけはトッカリの骨を削って銛を作っている。八蔵と五助は、極度の空腹から死を予感しながら愚痴をこぼすと、西川はそれを怒る。また誇り高い船長は、一人天皇陛下の臣下であると言って生への執着心が強い。五郎が腹痛を起こすが、船長はいっこうに彼を相手にせず、西川を連れて食べ物を探しに浜へ向かう。残された五郎は、死ぬと自分の肉を喰われてしまうから死にたくないと八蔵に訴える。八蔵は、少なくても自分だけはそのようなことはしないと約束して浜に去る。

 その三日後、死んだ五郎の肉を喰うかどうかで船長は西川と言い争っている。八蔵が手ぶらで戻って来るが、自分は卑怯者ではないから同僚の肉は喰わない、五郎の死体は早く海に流そうと言う。しかし船長は考えろと言って結論を一日延ばすことにする。

 さらに三日後、西川は五郎の肉を喰って自責の念にかられているが、衰弱して仰臥(ぎょうが)している八蔵がそれを慰める。西川は、八蔵が死ぬと冷酷な船長と二人きりになるのを恐れる。船長が戻って来て、八蔵が死ねば自分と同じくお前もその肉を喰うことになるだろうと冷たく言う。

 十日後、八蔵の肉も喰い尽くし、あくまでも生きることへの執念を燃やす船長に対して、西川は生に対してあきらめの心境にある。夢から覚めた西川は、船長に自分を殺して喰うのだろうと言うが、船長はお前を殺しはしないが、待っていさえすればお前は死ぬのだと言う。そこで西川は船長を殺そうとするが、それに気づいた船長と争う。

 この時、二人の首の後ろに光の輪が緑金色に光る。船長と争った西川は、船長に喰われるよりも自分で死ぬと言って浜へ逃げ、それを船長が追って殺す。西川の断末魔の悲鳴が聞こえ、突然焚火の火が消えると、洞窟の奥のひかりごけが緑金色に光る。船長が西川の死体を引きずって現れると、光は消えて闇の中に船長の姿が残る。

 

第二幕

 

 戦後の法廷。光まばゆい法廷であるが、部屋の構造はどこか第一幕の洞窟に似ている。被告の席に座る船長の顔は第一幕とは別人のように穏やかで、船長以外はみな無表情である。裁判長が傍聴席の騒ぎを制止して、裁判が始まる。人を喰ったという非人道的な行為に対して傍聴席から非難の声が上がる。船長はその声に無抵抗で平静を装い、強く自分の立場を弁明するが、彼が「我慢しているのだ」と発言するに至ると、傍聴席から反発の声が上がり、船長は徐々に興奮してくる。そして自分が人間の肉を喰った罪は認めるにしても、食べられた人間が人肉を喰った人間を裁くのならばそれを認めようと言う。

 突然雷鳴がする。弁護人はそれを契機に、これ以上もう被告の弁護はできないと言って仕事を放棄する。船長はできることならば弁護人か検事に喰われて殺されたいと主張する。さらに人肉を喰った人の首の後ろには光の輪が見えるはずだから、よく見てくれと言う。

 しかし検事はもとより、誰の目にも船長にそのような光の輪は見えない。反対に裁判官や検事や傍聴人など、他のすべての人々の首に光の輪が浮き上がる。さらに船長は人肉を喰ったことのない人々には見えるはずだと主張するが、誰にも船長にそのような光の輪は見えない。人々は焦燥感に困惑すると、おびただしい光の輪がきらめく。船長の「見えるはずだからもっと私をよく見てください」という絶叫で幕は下りる。

Reference Materials



初演
1972
年4月27日 大阪フェスティバルホール

原作台本
武田泰淳の同名の戯曲/日本語

演奏時間
第1幕77分、第2幕28分(下記CDによる)

参考CD
● 木村俊光、吉田伸昭、山口俊彦、竹沢嘉明、工藤博/現田茂夫指揮/神奈川フィル、二期会唱(ALM

ショパン別冊 詳解オペラ名作217 2013年12月発行 無断転載禁止  



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