オペラ名作217 もくじはこちら
詳解 オペラ名作217 野崎正俊 より
中国オペラ
Tan Dun, The First Emperor 1997~2006
始皇帝[全2幕]譚盾(タンドゥン)作曲
❖登場人物❖
始皇帝(T) ガオ・ジャンリ(T) ユエヤン王女(S) 巫女(Ms) ユエヤン王女の母(Ms) 大臣頭(Br) ワン将軍(B) 陰陽師(語り役)
❖概説❖
紀元前三世紀に古代中国を統一した秦の始皇帝をテーマにしたオペラであるが、壮大な国家統一のドラマを描いた作品ではない。始皇帝が正式に即位する直前の物語で、娘ユエヤン王女の恋を巡るラブ・ストーリーがテーマになっている。譚盾四作目のオペラで、音楽は現代的な作風と中国古来の音楽との折衷的な要素がみられ、アメリカ人の異国趣味に訴える要素が多い。メトロポリタン歌劇場の総裁に就いたピーター・ゲルプの構想に基づくもので、委嘱から10年もの年月をかけて作曲された。
初演はチャン・イーモウの演出、プラシド・ドミンゴの主演で話題を呼んだ。
第一幕 「影」
第一場 陰陽師の前口上があり、中国古代から伝わる音楽が雑然と演奏される。群雄割拠する中国を治めて意気軒昂たる始皇帝が現れる。彼はこのような古い音楽を好まず、広大な国家にふさわしい新しい讃歌(国歌)を作ろうとしている。そのために、かつて兄弟のように育てられて幼馴染だった“影”として知られるガオ・ジャンリを追い求める。彼は始皇帝の支配が及ばない燕国に捕らえられ、今ではその国で優れた音楽家になっている。始皇帝は彼を探し出して新しい讃歌を作曲させようと考えたのである。
始皇帝は部下のワン将軍に、攻撃の順序を変更してでもまず燕を占領して彼を捕らえるよう命じる。将軍は当初の戦争計画とは攻める順番が違うのではないかと異議を唱える。しかし、始皇帝は音楽家を捕らえることができたならば溺愛する娘のユエヤン王女との結婚を認めるといって将軍を懐柔する。
第二場 将軍は音楽家を捕らえて凱旋して来る。始皇帝は久しぶりに弟分のガオ・ジャンリに再会して感激にむせぶが、音楽家は自分たちの国が蹂躙(じゅうりん)され、母親も含めて多くの人々が殺されたことで始皇帝を許すことができず、始皇帝に作曲を求められても強く彼を非難し、間もなく死ぬつもりだという。
音楽家が奴隷の身分でありながら自尊心が高く、しかも特別扱いされていることに、王女はこの人が父始皇帝のいう“影”なのかと興味を抱く。
第三場 音楽家は始皇帝に抵抗して与えられた食事にさえ手をつけようとしない。王女は始皇帝に向かって、自ら音楽家の説得役を買って出る。始皇帝はもし彼に作曲させることに成功したならば、彼を与えることで王女と同意する。
音楽家の前に現れた王女は、いろいろと言葉をかけるが、彼女のどんな説得に対しても音楽家は心を許そうとしない。言葉で説得することに失敗した王女は、今度は口移しで食事を与えることにする。それが奏功して音楽家は心を開き、二人は恋に落ちる。そして一夜を過ごすことになるが、不思議にもそれまで片足が不自由だった王女の足が治って自由に動かすことかできるようになる。実は王女は、まだ子供だった頃に父始皇帝と乗った馬から落ちて歩けなくなっていたのである。始皇帝はこの奇跡を喜ぶが、その理由を知って怒る。そして将軍との約束を思い出すが、心の怒りを抑えてまず讃歌ができるまでの間はと我慢することにする。
第二幕 「讃歌」
第一場 王女と音楽家は幸せに暮らしているが、万里の長城建設のために民衆や奴隷が苛酷な労働をさせられている。音楽家はその奴隷たちが労働しながら歌っている歌に心をうたれる。そのような二人の生活を知った始皇帝は、将軍に娘を与える約束をした手前、どうしたらよいものかと思案する。そこで王女に音楽家との恋をあきらめさせようと説得を試みるが、王女は死さえめかして聞き入れようとしない。
そこで今度は、将軍に一時的でも王女をあきらめるように言う。というのも、始皇帝は戦争によって近いうちに将軍が命を落とすものと考えているからで、そうなれば娘を音楽家に与えることができるからである。一方音楽家に対しては、讃歌を作曲すれば高位を与えて王女と結婚させると懐柔(かいじゅう)する。音楽家もその提案をしぶしぶ受け入れるふりをして、讃歌の作曲を引き受ける。始皇帝はその旋律だけでも聞かせてくれるよう求めるが、作曲家は断る。
第二場 いよいよ始皇帝の戴冠式が行われる。始皇帝は玉座に続く巨大な階段を登っている途中で王女の亡霊を見る。彼女は音楽家が自分を裏切ったと思い、将軍と結婚させられるのがなので自殺したのである。悲しみに暮れながらも始皇帝は階段を登りつづける。今度は音楽家に毒を盛られて殺された将軍の亡霊が現れて不条理を訴え、音楽家に注意をするように警告する。愛する王女を失った音楽家は、突然舌を噛み切って始皇帝に呪いの唾を吐きかける。
ようやく玉座にたどりついた始皇帝は苦しむ音楽家を刺し、強引に讃歌を演奏させる。ところが始皇帝の耳に聞こえてきた新しい讃歌は、彼が意図したような音楽ではなく、何と万里の長城を建設していた奴隷が歌っていた歌だった。始皇帝はこれが音楽家による復讐だったのかと悟って愕然とする。
Reference Materials
初演
2006年12月21日 メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)
原作
ウェイ・リュー/「皇帝の影」
台本
ハ・ジン、タン・ドゥン/英語
演奏時間
第1幕74分、第2幕77分(下記DVDによる)
参考DVD
● ドミンゴ、フトラル、グローヴズ、ティアン/タン・ドゥン指揮/メトロポリタン歌劇場管・唱(EMI)
ショパン別冊 詳解オペラ名作217 2013年12月発行 無断転載禁止