音楽をつくる会社 日本楽器の巻

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昭和39年(1964年)1月1日発行「音楽生活」創刊号より転載

 

音楽をつくる会社 日本楽器(現:ヤマハ)の巻  村谷達也

 音楽をつくる会社……。

 具体的にいえばそれは楽器会社であり、レコード会社であり、オーディオ・メーカーその他etcです。

 しかし編集部ではあえてこういう会社を一括して“音楽をつくる会社”と名づけました。なぜなら、いまやすっかり私たちの生活と結びついた音楽は、すべてこれらの会社でつくられる楽器、レコード、あるいはステレオその他を通じて私たちにもたらされることが多いからです。

 というよりも逆にいえば、私たちとしては、こういう会社がみんなただ楽器やレコードをつくるのではなくて、音楽をつくり生みだす会社としてますます発展して行ってほしい、という希望を持っているからなのです。

 そこで本誌では、こういう会社をこの号から次々とたずねて行って、音楽が生まれるまでにはいったいどんな過程が必要で、どんな人たちがどんなふうに働いているのか、ということを皆さんにご紹介したいと思います。

 よろしくご期待ください。

 なお、編集部ではこの欄でとりあげる会社についての皆さん方のご希望をお待ちしております。

浜松は楽器の町

 浜松名物のうなぎもさることながら、それ以上に浜松市は、楽器作りの都市として、天下にその名を知られています。

 いまはどうだかよく知りませんが、以前この駅のホームで、赤い服の売り子さん達が駅弁式にハーモニカを売っていた記憶があります。これなども浜松ならではの、東海道線の長旅に一興をそえる風景と感じたものでしたが―。

 ところでこの浜松市には、大小あわせて30ちかいピアノ・メーカーがあるそうです。浜松といえば楽器、楽器といえば浜松といわれるゆえんです。しかし、このなかには、ピアノ作りの伝統と技術と生産量において、他の追従を許さぬ日本楽器のような大メーカーを頭に、各種楽器メーカーが群立しています。そしてピアノ、オルガンの部品などを作る下請け工場などを含めると、浜松がどんなにか楽器でうるおっているか、ということがうなずかれるわけです。それにしても、よくぞこの浜松市に集中したものです。

 聞くところによると、この土地の自然条件が、とくに楽器作りに適しているということもないそうです。しいていえば、風がよく吹くので、木材の乾燥に適しているかナ、といった程度だそうです。このまちに楽器メーカーが集中した理由はべつのところにあるのです。

 それは、明治以来の伝統をもつヤマハの日本楽器が、長い時間をかけてこの地に生みつけ育てた楽器作りの技術と根性が、他では得られない人的な資源としてこの地にあるからです。これこそ楽器作りには、かけがえのない貴重なものです。

 日本楽器で働いている人たちは、みんなこの近くの人たちということです。以前から、こうして働くひとたちの、ひとりひとりの身につけた技術と根性が、次ぎに受けつがれ、ひいては、このまちの無形の財産ともなり生活ともなっているのです。楽器作りには、立地条件にもまして、こうした人的条件のほうが得がたいものなのです。

ヤマハとハママツ

 日本楽器が、わが国最大の楽器メーカーだということは周知のことですが、工場の規模など、世界一だともいうことです。

 商品名“ヤマハ”のピアノ生産量は、月産6000台。オルガンは、月産20000台だそうです。それに今年の六月には、西山工場が就業、そのときはピアノの月産が7500台にふえるそうです。

 生産量におどろくより、その需要の多さに感心したり、目に見えない音楽の普及をこの数字で感じ入ったり、もうそうなると、タイトルどおりに、まさしくわが国の“音楽をつくる会社”ということになります。

 浜松の市街にはいると、気のせいか“ヤマハ”の文字がいたるところで目につきます。宿の女中さんも、ハイヤーの運転手さんも、“ニチガク”(日本楽器の略)という言葉を口にするのに、自然なソツなさです。そしてまるでこのまちのシンボルを誇ってでもいるように感じます。

 ヤマハとハママツ。そういえば、母音まで共通して似ていました。

まったくのオートメ

 とてもいい天気で、駅からハイヤーで5分、明るい市街を抜けると日本楽器浜松工場に着きます。

 鉄筋の本社事務所は、前庭の芝の植込みに松があしらってあり、それが海岸に近い感じを与え、明るく広々とした感じでした。

 事務所の内部も、もったいないくらいにゆったりしています。ここで、営業部の高木さんから日本楽器についてのいちおうの説明をしていただいて、いよいよピアノを作る過程を順を追って見学することになります。

 最初に見たのはオルガンの組立て工場で、ここではピアノのアクション部品もこしらえていました。木工部品の加工工場でもあるわけです。広い内部はまるで木工場の騒音で、高木さんの説明も聞きとりにくいほどです。

 でっかい吸塵装置で、工場内はホコリひとつたっていません。そのなかで黙々と若い娘さん、経験の深そうな男のひとたちが、頭の上から静かに降りてくる流れ作業のオルガン組立てをやっています。

 塗装のすんだフタを、モーターつきの布で磨くひとの一群、鍵盤を組み立てる若いひとたち。流れ作業のレールは、気をつけて見なければわからないほど、ゆっくりゆっくり流れて、気づかない間にオルガンができ上がっていきます。

 このでき上がったオルガンは、別の建物のなかで、一台一台オシログラフとにらめっこで調律され、確かめられて製品として市場に出るわけです。この調律の建物には、これまた広々としたなかでオシログラフが遠くまでずらりと並び、これには女のひとたちがリードひとつひとつについて検査をしているわけです。振動数が多すぎると、リードの先を小さなヤスリでけずり、逆はリードのつけねあたりをけずるのだそうです。

 つぎに入ったのが、グランド・ピアノの外ワクをこしらえているところ。ここは、グランド・ピアノの特徴ある曲線を、型にはめて合板にしているところですが、まえのオルガン組立て工場にくらべて、ひっそりしたものです。ここでは、数人の練達の男のひとが、物置倉庫のようななかで、型にはめられた製品を注意深く見まもっていました。

 つぎの建物は、ピアノの響鳴板を作っていました。ピアノにとって、この部分が、つまり泣きどころというわけです。響鳴板の材質によって、楽器のねうちもきまるのです。従がって、この技術もたいへんむずかしいわけ。アラスカ産のシトカ・スプルースという木材を使うのですが、厚さにも一律でない微妙さや、一枚板に、これも計算されたソリを入れるのですから、たいへんな仕事です。

検査は厳重です

 トントン……、ガーガー……、キューン。アップライト・ピアノ(竪物)の張弦段階の建物です。トントンはピンを打ち込む音。ガーはドリルで穴あけ。キューンは電気カンナの音。とにかく賑やかです。

 ここでは、さっきの響鳴板に鉄骨がとりつけられています。そして鉄骨の穴に合わせて穴があけられ、ピンが植え込まれ、弦が張られて、まず最初の調律が行なわれます。

 調律の小部屋は、おなじ室内に設けられた仕切りのなかといった感じですが、この中では、流れ作業ではいってくる張弦された製品を、四人の娘さんが熱心に電動オルガンの持続音にあわせて、一本一本弦をはじいて検査しています。

 この建物では、取り付けられたアクションの鍵盤やハンマーなどの不揃いなどを、こまかい注意のもとに検査され、直されています。静かな空気というより、きびしさを感じる空気がみなぎっているのです。その中で、すでに、つぎつぎと生まれる新しいピアノがココの声をあげはじめています。

 このなかでも、数度にわたっての調律が行なわれていました。透明なポリエチレンのトンネルのなかで、アクションや鍵盤がなおされたあと、またつぎのトンネルに入り、オシログラフによる調律が行なわれます。それから、二台の自動打弦器というのが、1分間95回という速さで、さらに、鍵盤をたたくのです。これでひずみが起これば、つぎの段階で、また調整されるわけです。

 くりかえしくりかえし、ちょうど鋼をきたえるように、ピアノは完成へと近づいていくのです。働らくひとたちは、日本刀を鍛える刀匠に似ているといってもよいでしょう。実際に、その仕事ぶりは真剣そのもの、一対一で楽器ととり組んでいる姿は、近寄りがたいきびしさを感じます。

 この建物は土足厳禁で、入口にスリッパが用意され、その注意書きの下に「ピアノ課長」と書いてありました。ピアノ課長、なんてなんとなく愉快じゃありませんか。きびしさのなかにも、楽器工場らしいシャレた感じでした。

音楽文化の支え

 この他、エレクトーンの工場を見たいとおもいましたが、ここはオフ・リミット。第一この工場のこれだけを見てまわるのに二時間もかかったのです。それも大急ぎでです。他の工場まで足をのばすのには、時間が足りません。

 しかし、さいわい天竜工場は、帰途の車窓から見ることができました。

 敷地30万平方メートルの天竜工場の、車窓に長く沿った貯木場と、天然乾燥場。このなかには、日本一の人工頭脳による人工乾燥装置があるそうです。この装置で乾燥を行なうと、木材各部の含水率の偏差が0.5%以下になるということです。

 とにかくたいへんな工場です。日本の音楽を支え、これからも発展させてゆく大きいエネルギー源みたいなものを、この工場のゆきとどいた神経と技術から感じました。


音楽生活創刊号小.png

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