音楽生活創刊号(昭和39年)

HOME > メディア > 音楽生活(昭和39年) > 音楽生活創刊号(昭和39年)
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

昭和39年(1964年)1月1日発行「音楽生活」創刊号より転載

 

おしゃれのページ

正装しなければーーというけれど

 「わたしはフィアンセとベルリン・オペラのグランド・サークル(特別席)を買いましたが、当日は、男性はタキシード、女性はイブニングでなければいけないというのは、ほんとうですか」

 昨年十月開場した日生劇場にこんな問い合わせ電話がひっきりなしにかかってきたそうだ。そして、日本のハイ・ソサイエテイの新しい社交場だといわれるこのデラックス劇場をめぐって「外国なみに正装すべきだ」「日本の場合はまだそこまで行っていない」「むしろこっけいだ」などと、いろいろの論議がかわされだした。

 この正装というのは、男性はタキシード、女性はイブニングというのがいちおうの常識。劇場がハイソサイエテイの社交場化している欧米ではこんなおしゃれはむかしから盛んで、アメリカなどでは、場所をとらずストレートなシルエットで、後から見られてもいいようにネックラインにまで注意がはらわれたデザインのシアター・ドレスというのがはやっているそうだ。

 日本でも、そうした傾向をいちはやくつかんだデパートでは、外国からデザイナーを招いてショーを開いたり、売り場の充実につとめているようだが、東京・日本橋三越では、イタリアの有名デザイナー、ブリオニーを招いて高級服のファッション・ショーを開き、紳士服売り場にブリオニー・コーナーを設けてタキシードもいろいろな生地とデザインのものを並べている。国産の生地を使ってのオーダーは四万から五万円くらい。外国製の生地なら五万円以上、十五万円もするタキシードもあるという。

 イブニングになると、もっと話はデラックスだ。フランス製、スイス製の豪華なレースものや、ドイツ製のシフォン・ベルベットで作ると、一メートル九万円もするというから、一着分の布地代だけでも三十六万円。それにデザイン料、仕立代を加えると四十万円は軽くかかる。もっとも、国産の生地なら一万五千円ぐらいからできるそうだ。

 まったく、音楽ファンの大半をしめるサラリーマンやBGにとってユメのような話。年々高くなって行く入場料を捻出するのさえ苦しいのに、とてもタキシードやイブニングどころではない。

 デラックス劇場誕生以来、盛り上がったこの劇場正装論は、今後どのように発展して行くかは知らぬが、芸術を純粋に楽しむという気持ちから考えて見ると、こんな論議はまったくナンセンスだという気もする。

 演奏会やオペラに行く楽しみのひとつは、おしゃれをすること——という人もなかにはいるが、まずは、男性はダーク・スーツに無地のネクタイ、女性は絹地のスーツといったセミ・フォーマルでじゅうぶん。それに女性は生花をつけたら申しぶんない。ファッション・ショーに出かけて行くわけではないのだから——。(Q)

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
KAWAI
YAMAHA WEBSITE