楽器の事典ピアノ 第2章 黄金期を迎えた19世紀・20世紀 9

HOME > メディア > 楽器の事典ピアノ > 楽器の事典ピアノ 第2章 黄金期を迎えた19世紀・20世紀 9
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

[画像]リンドナー・ボレロ104

部品の果たす役割とその発達の歴史

 ピアノの音質を決定する主な要素は、弦の性質とその張力、サウンドボード、ハンマーの機構とそのフェルトの質、メタルフレームの構造およびケースの材質と形式にあるといわれているが、これらのうちで最も音量と音質を左右するのがサウンドボードである。

p73-2G.png
リンドナー・アクション アクション、鍵盤がすべてプラスチックで作られ、移動の際は鍵盤を写真のように外して狭い場所を通れるよう工夫されたものもある。



サウンドボード

 弦楽器におけるサウンドボードは共鳴体の役割を果すものである。つまり、弦の振動だけでは空気と接触する面積が小さくて音にならないので、その振動をブリッジ(駒)を通じてサウンドボードに伝え、空気との接触面積を大きくして、大きな音量を持つ空気振動を起こす。この時、サウンドボードは最高音から最低音に至るまでの全音域の音を平均に増幅しなければならないため、大きさ、厚さ、および形状に対して一定の法則か基準があるに違いない。
 また、サウンドボードは音質の決定者であるといわれるように、弦の振動音を増幅するばかりでなく、それ自体の音響的な特性によって、弦の音を修正したり改良したりする役目を果たす。これにも何らかのルールがあるに違いない。しかしながら、残念なことに、古来さまざまな音響学者たちが研究し続けてきたが、この原理は完全には解明されていないのである。
 ピアノの場合、ただ、弦、アクション、サウンドボード、フレームおよびケースがこん然一体となって調和している時に最高の音質が得られるーーという漠然とした結論しか出されていない。
 サウンドボードがいつの時代から使われ始めたかは全くわかっていない。多分、弦楽器の発祥と同時に、大昔から用いられていたものだろう。サウンドボードの材料として、通常スプルースと呼ばれる松科の柾目の板が用いられ始めたのも、いつ頃かは全くわからない。
 サウンドボードとして使われる材料は次の諸条件を満たすものである。
 ⑴音を急速に伝達し、できる限り遠くまで伝えられること。
 ⑵そのあらゆる部分の振動の位相(電気音響学などで使われる専門語で震え方といい代えられるだろう)が完全に一致したものであること。さもないと各部分の振動が反対の位相となって相殺されてしまう。
 ⑶音を伝達する際に、できる限りエネルギーを吸収しないこと。いい換えれば、音響学的に抵抗の少ないものであること。
 ⑷ピアノの機構にエネルギーを与える指と、このエネルギーを空中に伝達射出するサウンドボードとの間で、その伝達効率が最高なものであること。
 このように、理論としては説明がなされているが、材料としてスプルースが絶対的なものであるという明快なものではない。
 ただし、音の伝導速度だけは数字で算定されている。スプルースの木目にそって伝わる音の速さは毎秒約5000メートル、つまり空気中の音速の約14倍である。ナイロン系の合成樹脂で代用した場合は、その速度が遅いために適当でなく、さらにマグネシウムやアルミニュウムなどの軽金属の場合は音の伝達度は早いが比重が大きい(アルミニュウム2.7、スプルース0.43)ために不適である。
 
 サウンドボードの材料の種類 サウンドボードの材料としては、ルーマニアのパイン(松)、カナダのシトカ、ノルウェーのスプルースなどが有名であるが、いずれも似たような松、杉あるいは樅(もみ)などで、一括してスプルースと呼んでいる。この他の産地としてはチェコのボヘミア地方、スイスのチロル、ドイツのババリア地方、ソ連、アメリカなどがある。わが国では北海道のエゾ松、トド松が使われている。
 いずれも高い山に育成する木で、ピアノのサウンドボードに最適なものは温帯の海抜1000メートルから1500メートルまでの山岳地帯に育つ70年以上100年未満のスプルースで、さらに、あまり日の当たらない森の中心に生えたものであるといわれている。これらの条件に叶ったスプルースが、最も強くて弾力性があるのである。しかし、現在は弦楽器のサウンドボードのほとんどはこのスプルースで作られるので、材料は極端に不足している。
 今から約50年前、当時は年間65万台のピアノが世界中で作られていたと記録されているが、ボヘミアやチロル地方の良質なスプルースはすでに枯渇していたという。さらに19世紀以前のピアノやチェンバロのメーカーは、スプルースをオノで割って、木目の真っ直ぐなものだけを選んで使うという無駄な使い方をしていた。その理由は、鋸で挽けば木目が曲がり、音響を阻害すると考えたからである。
 スプルースだけは、科学万能の現代でも、その代用品が皆無なのである。ここにピアノメーカーの将来への不安がひそんでいる。
 クリストフォリが、初めてピアノを作り出した時のサウンドボードは、ピアノの前身であるチェンバロをまねたため、極めて薄い、ケースと一体のものであったと伝えられている。これが現在の形式のものにまで発達するまでは、その厚さや形態がさまざまに変化している。しかし、先に述べた通り、サウンドボードというものは、その原理と機能が解明されていないため、昔に比べて革新的改造がなされたわけではなく、ただなんとなく今日の形態にまで変わってきたのである。

p75G.pngサウンドボード ヤマハグランドC7


 19世紀にはヘルムホルツを始めとして、幾人かの優れた音響学者が現れて、あらゆる楽器を科学的に解明している。特にピアノに関しては、ジーグフリード・ハンシングが弦に関する設計の原理その他を解明している。
 ところが、これらの音響研究の大家たちのいずれも、不思議なことにサウンドボードの科学的に立証できる法則や構造については触れていない。多分、わからなかったのだろう。 
 このように、その頃のピアノメーカーたちは、科学者の援助なしに、もっぱら経験主義でサウンドボードを改良し続けていったのである。

 サウンドボードの役目に関するさまざまな主張 当時、サウンドボードが果たす役目について、さまざまな、しかももっともらしい主張があった。そのうちから興味のあるものを拾ってみよう。
 ☆オスカー・ポール博士という学者がいて、ピアノの音は、弦から出るものではなく、サウンドボードから出るものであると主張していた。彼の説によれば、サウンドボードは、ピアノの魂であり、その構造を変えればいかなる音色も音量も出せるという結論であった。つまり音波理論を否定したのである。
 ☆さきに述べたジーグフリード・ハンシングも同じような誤った考えを持っていた。彼は「ピアノとその音響特性」という本を書き残しているが、その中で人間の耳は、音波を感じ取るものではなく、音が作り出される際のショックを聴き取るのであると主張した。
 つまり、彼はサウンドボードを、ハンマーが叩くドラムのように考え、その衝撃が耳に伝えられるのであるといい、当時のヘルムホルツその他が主張した鼓膜の存在を否定し、耳というものはショックの間隔を測定する役目を持ち、間隔の短いものは高音に、間隔が長いものは低音に聞こえるのであるという主張を譲らなかった。
 今から考えると驚くような主張であるが、当時は何しろもっとも権威のある学者ですらこのような考えを持っていたのであるから、ピアノメーカーはサウンドボードを作る際に、さまざまな試行錯誤をくり返したのであろう。
 ハンシングは、音響学的については珍妙な説に固執しているが、サウンドボードの性質について偉大な発見をしている。それは巧妙に作られたサウンドボードは横に振動しないということである。
 彼は二枚の板を互いに木目が直角になるように接着して、横に振動することが不可能なサウンドボードで音を試験して、これが一枚板のものとなんら性能的に劣らないことを証明したのである。この実験により、サウンドボードは音を発するものではなく、弦がハンマーで叩かれた際のパーカッション的な音を伝達するだけの役目を持つことが初めて解明されたのである。これが後のサウンドボードの改良に大きく役立った。
 (注)スプルースの音の伝導速度は、先に述べた通り、一秒間に約5000メートルだが、木目に逆らった場合はその速度が三分の一となる。しかし、合板にした場合、その速度はやや遅くなるが、音は平均に伝達されるという。なお、現在の研究ではピアノの音の中にはサウンドボードやケースの振動音が混入されていることが明らかになっている。

 サウンドボードのさまざまな改良 以上述べたように、サウンドボードは当時としては理論的に解明できないものであったため、次に述べるような、さまざまな実験的改良が試みられた。
[金属のサウンドボード]ウィーンのヤコブ・ゴルが、1823年に鉄と銅の板を使ったサウンドボードを作り出している。音色はる程度良かったが、当時は金属工業が発達しておらず、スプルースと比較した場合極めて高価についたために採用されなかった。
[羊皮紙のサウンドボード]パリの有名なピアノメーカーであったアンリー・パペが、あらゆる木材、金属、果ては羊皮紙まで使ってサウンドボードの実験をしたという記録がある。このうち、羊皮紙だけは高音部の音を全く伝導しなかったが、他の材料は何とか使えたという。
[厚さと響棒の変更による実験]1867年から69年にかけて、アメリカのニュー・ヘブンのマシュシェック・ピアノ工場で、最も理想的な厚さと響棒を持つサウンドボードの研究のため、大掛かりな実験が行われた。その際、もっとも厚いものは2.5センチで響棒のないもの、これを少しずつ薄くしてそれに対応する力木をつけ、もっとも薄いものは5ミリで重い響棒をつけたものまで、あらゆる形式のサウンドボードを作って音響的な実験をした。
 ところが、いずれのサウンドボードでも音質は違ったが、満足する音が出たという。音質としては、厚いものはやや固いが重厚な、いわば木管楽器的な音がし、薄いものは倍音を多く含んだ味のある音が出たが、やや音量が不足であった。
 なお、この実験によって判明した理想的なサウンドボードは"レギュレーション・サウンドボード"と呼ばれている。高音部の厚さが約1cmで低音部になるに従って薄くなり最低音部が約6ミリ、響棒は平均した間隔でついており、最高音部の1オクターブだけが間隔が狭いものであるという結論が出されている。

[ヴァイオリン式のサウンドボード]ヴァイオリンやチェロの胴体をまねて、サウンドポスト(魂柱)によって支えた二重式のサウンドボードも試作されたが、これは失敗している。
[波型のサウンドボード]波型、つまりシワを寄せたものも作られたが、うまく鳴らなかった。
[弦の圧力で曲がらないサウンドボード]ピアノの弦がサウンドボードを圧迫する力は約0.5トンであると計算されている。そのためサウンドボードが曲がる危険があるが、これを防ぐために、マシュシェック社が "エクイリブルシステム"と呼ばれる特殊なものを作り出しているが、コストが合わず、1891年に二枚の板を木目に直角にクロスし、真ん中を最も厚くしたサウンドボードを作り出した。
[テンションリゾネーター]1900年にゲルツが作り出したテンションレゾネーターの目的は次のような効果を生み出すためのものであった。
(1)サウンドボードの弦に対する圧力を調整する。
(2)サウンドボードの全面の振動効率を向上させる。
(3)ハンマーが弦を叩いた時の音の強さを増大する。
(4)気候の変化や経年変化によるサウンドボードの変形を防止する。
 テンションレゾネーターは別名テンションロッドとも呼ばれているが、その構造はタコが足を広げたようなもので、サウンドボードの裏側に取りつけられ、中央に金属製の丸い輪があり、これを中心に12本のロッド(金属の棒)が放射線状に伸びて、その端がサウンドボードの周囲に固定され、スクリューを締めることによって、おのおののロッドのテンションが自由に調節できるものである。
 このテンションレゾネーターの装置は、発明されたと同時に、メーソン・アンド・ハムリン社のグランドピアノに取りつけられた。
 現在のピアノのサウンドボード 古いピアノでは、高音部を厚く、低音部を薄くした特殊のサウンドボードもあったが、現在のものはほとんどその全面を同じ厚さで作り上げる。その厚さはメーカーによって違うが、7ないし10ミリで、ボードの木目はブリッジ(駒)と平行に作られる。

p77G.png

テンションレゾネーター

 ところが、前述の通り、音が木目と直角に伝わる際は、そのスピードが3分の1くらいに遅くなるので、サウンドボードの木目に直角にクロスするように、2センチから3センチ角の約10本の力木をつける。力木の役目は音を早く伝達すると同時にサウンドボードを補強するものである。サウンドボードは大きければ大きいほどいいわけではない。過度に大きいと、さまざまな反対の位相の振動が起きて音色を阻害する。
 なお、高音部および低音部のコーナーの三角形の部分は、振動すると音が悪くなるので、切り落とすかあるいは振動を止める力木をつける。
 弦の振動はスイスパイン(松)あるいはメープル(かえで)で作られた駒を通じてサウンドボードに伝達される。弦の端は専門語で "ダウンベアリング" と呼ばれ、約1・5度の角度でサウンドボードに接する。サウンドボードは、このダウンベアリングの圧力に耐えるために、やや弦の側にふくらまして作られるのである。
 ダウンベアリングの圧力は、その角度と弦の張力を掛けたものとして計算され、そのため、サウンドボードにかかる圧力は約半トンの大きなものとなる。それぞれの弦の駒に対する圧力は平均しているのが理想で、最適なダウンベアリングの角度と、サウンドボードのふくらみ加減が、最も美しい音質を生むという難しい理屈となっている。ダウンベアリングの角度が強すぎると固くてのびない音となり、その逆に弱すぎると薄っぺらで不正確な、非音楽的な音となってしまう。弦の張られたサウンドボードは驚くほど敏感なものとなり、ごくわずかなショックに対しても鋭く反応するものとなる。
 理想的なサウンドボード サウンドボードは弦のエネルギーを吸収するものである。そのため、吸収度が大きすぎる粗悪なサウンドボードのついた楽器では、反響音、つまりサスティンの音が少なく、演奏が味のないものとなってしまう。
 ピアノのサウンドボードを除くと、弦は極めて長い間振動する。つまりサウンドボードは、ある程度、弦の振動に対して反対の位相の振動を起こし、弦の振動の継続を阻止するのである。
 理想的なサウンドボードは、弦の振動と一体になって、昔のクラビコードの音色のように、魂を持った音色をかもし出し、反対の位相が少なくて音を長く継続させ、振動を止めた時には直ちにその共振を止めるものである。
 以上、ピアノのサウンドボードの歴史と機能について述べてきたが、弦楽器のサウンドボードは楽器の魂であるといわれるほどに大切なものであるが、残念ながらはっきりとは理解できないものである。
 ヴァイオリンやギターのサウンドボードにしても、学理的には完全に解決されていないし、科学的な法則すら立てられていない。ヴァイオリンやギターの音は、f字穴やサウンドホール(丸穴)から出てくるものだと信じている人は多い。また、それらの穴から音が吸い込まれ、サウンドボードの表面から出てくるという説を唱える人もいる。
 チェンバロのサウンドボードにはローゼットと呼ばれる美しいサウンドホールがついている。しかし、ピアノの場合にはこのような音の出口らしいものはない。ピアノのサウンドボードにニスを塗る理由ですら、保存の役割を果たすことは別として、ヴァイオリンの場合のようには音の改良には役立たぬという説と、音を反射して輝かしいものにするという主張が対立している。とにかく、サウンドボードというものはわからないものである。


改訂 楽器の事典ピアノ 平成2年1月30日発行 無断転載禁止


▶︎▶︎▶︎第2章 黄金期を迎えた19世紀・20世紀 10 メタルフレーム

▷▷▷

楽器の事典ピアノ 目次
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
 
 
KAWAI
YAMAHA WEBSITE