楽器の事典ピアノ 第2章 黄金期を迎えた19世紀・20世紀 3 多種多様なペダル

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[画像]1820年に作られたウィーンのグランドピアノ。この頃、トルコ音楽の影響を受けて、ベルの音、ドラムの音その他が出せるピアノが作られた。このピアノには、これらの効果音が出せるように5個のペダルがつけられている。


多種多様なペダル


 必要なペダルは、二個だけである。つまり、ダンパーペダル、ウナコルダペダルだけで充分で、他のファゴット、ハープ、ドラム、ベルおよびトライアングルなどのペダルは子供の玩具に過ぎず、演奏活動を害するだけである」と、チェルニーは忠告を残しているが、それにしても、当時のピアノにはさまざまなペダルがつけられていた。
 フォルテ 現在のフォルテペダルと同様の働きをするものである。初期においてはハンドストップでダンパーを持ち上げるものであったが、1783年にジョン・ブロードウッドによって、現在のようなフットペダルのパテントが出されている。その5年度にブリーがスライディングボードによってダンパーを除き、ダルシマーと全く変わらない音色が出るというパテントを取った。
 ピアノ ハンマーと弦の間に布切れ、あるいはやわらかい皮を挿入して音を弱くするペダルである。このピアノペダルは1800年にアイザック・ホーキンスによって改良されている。彼の方式では布や皮の厚さと硬さが一方の端から次第に変化しており、そのためペダルの踏み加減によってクレッシェンドやディミニュエンドの音を出すことが可能となっていた。
 ウナコルダ ペダルを踏むことによって、奏者が自由に一本の弦あるいは三本の弦をハンマーで叩けるようにしたものである。現在のグランドピアノでは、ペダルの操作によりアクションと鍵盤が右側に移動してその役目を果たす。このウナコルダの最初のパテントは、マーリンが1774年に彼の作ったチェンバロとピアノを組み合わせた楽器のために取っている。その目的はオルガンのスウェル効果をまねることにあったのであるが、ハンマーで叩かれない弦が共鳴して本来の音色が変わってしまった。
 当時のチェンバロの奏者は、現在のピアノの奏者のように、音の強弱を出すことに慣れていなかったので、楽器がピアノに変った時、盛んにこのウナコルダのペダルを使用したと伝えられている。ベートーヴェンの作品101「ソナタNo.28イ長調」、作品110「ソナタNo.31変イ長調」、作品106「ハンマークラヴィーア・ソナタ」などにはこのウナコルダ(一弦で)トゥッテレコルダ(全部の弦で)などの指示が出てくる。
 ハープ 細長い皮でユニゾンの弦の一本の音を弱め、ハンマーがその弦の上を叩くように工夫されたものである。音色はハープに似て乾いたあまいものになる。
 バフストップ チェンバロのハープストップと同様の機構で、1786年にジョン・ガイブによってパテントの申請が出されている。彼はこれを高音部の調律に利用したと伝えられている。
 ソルディンあるいはミュート やわらかい皮または毛や絹をはりつけた木片をちょうつがいでケースにつけ、これをペダルで操作して、弦に接触させて振動をダンプするものである。皮を使った場合はリュートストップとなり、毛や絹を使用した場合はハープストップになった。
 チェンバロストップ 骨あるいは象牙などの硬いものに皮をかぶせ、これをハンマーと弦の間に置いて、ハンマーの代わりにこれで弦を叩くものである。現在ではハンマーの先端に画びょうをつけて、チェンバロに似た音を出す方法がある。1788年にブリーによってパテントの申請が出されたと記録されているが、このストップは最初ドイツで採用されたらしい。
 スウェル ペダルでピアノのふたを持ち上げたり閉じたりして音量を調節する方法である。このスウェルは元来パイプオルガンにつけるものでベネチアンブラインドと呼ばれる窓を開閉するものが多く、ドイツで発明されたと伝えられ、1769年にイギリスのシュディがパテントを取り、最初はチェンバロにつけられた。
 なお、ソルディニとソルディノと呼ばれるまぎらわしいストップの名称が残っているが、この両者のダンピングの方法は全く異なったものであった。ベートーヴェンの作品27の2「ソナタNo.14嬰ハ短調"月光"」の第一楽章に"ソルディニ"の指示が出ているが、これはその楽章全部にわたってダンパーを上げ放しにすることを示したものである。ソルディノはリュートストップの別名。このペダルはフォルテペダルと共用する場合が多く、このような使い方をすると、ストップの無味乾燥な音色が救われるという。シューベルトは彼の作品7の3の歌曲「死と乙女」の中でこのストップを使っている。なお、ピアノのふたを閉じて演奏する時には、このストップでサイドドラムを軽く叩くような擬音を出すことができた。
 以上のほか、19世紀の初めには、次に述べるような、さまざまな種類の音が出せるストップがピアノにつけられていた。
 ハーモニックサウンド パイプオルガンのボックスエンジェリカのストップ、またはヴァイオリンのハーモニックスの音に似た音色が出せるもので、ペダルを踏むとハンマーが弦の中央を叩き、1オクターブ高い倍音を響かせるものである。このストップはエコー効果を生むので、パストラルミュージック(当時流行した田園風景を描写した音楽)に使われていた。ジルバーマンが作ったチェンバロに "チェンバロ・ダ・ムール" という楽器があるが、これをピアノに応用したものと思える。
 ドルチェコンパーナ コンパーナはカンパーナ(鐘)がなまったものであったという。このストップはペダルを踏むとおもしが8箇所ぐらいで響板を押さえつけるように工夫してあった。そのため、ピッチが下がることとなり、このペダルを急速に操作すると、オルガンのトレミュラント効果のようなビブラートが出た。
 ハーモニックスウェル ブリッジが二個ついており、この両者のブリッジの間に余分の弦が貼ってあり、ダンパーを上げるとこの弦が普通の弦の振動に共鳴するように工夫されたピアノである。この装置は次に述べるようにいろいろなグラデーションが出せたのでスウェルと呼ばれたのだろう。
(1)ハーモニックスウェルのダンパーを上げた音。
(2)フォルテのダンパーを上げた音。
(3)双方のダンパーを上げた音。
 シンバル 二枚あるいは三枚の真ちゅう製の薄板が低音部の弦を叩いてシンバルに似た音が出るように工夫したもの。
 バズーン 羊皮紙または硬い紙を弦に当てる方法である。通常、中央のCの音から低音部にかけて使われたが、全音域にこれをつけたものもあった。音色は鋭くて味がなく、しかも不愉快なものであったと伝えられている。
 オクターブカプラー チェンバロの機構をまねたもので、オクターブの音を機械的に連続させたものであるが、鍵盤のタッチの表現力を損なう無駄なものであったという。この装置のついた最初のピアノは、1793年にウィルヘルム・コンスタンチン・シファーによって作られ、現在、ライプツィヒのヘイヤーコレクションに保存されている。さらにこのペダルのパテントは、20世紀になってからエマヌエル・ムアーとベヒシュタインのピアノ工場に与えられている。
 なお、これらのストップ、つまりペダルはさまざまに組み合わされて、当時のジラフピアノ、グランドピアノ、スクエアピアノなどにつけられていた。その頃は、20世紀初めのシアターオルガンや現在の電子オルガンのように、あらゆる音、すなわちオーケストラ効果が出せる楽器がもてはやされたのである。
 以下、参考までに当時の有名なピアノにつけられていたペダルの種類を列記しておこう。
(アムステルダムのバン・デァ・ホェッフの作ったジラフピアノ)①バズーン ②ウナコルダ ③バズーン=音の軽快なもの ④ピアノ ⑤フォルテ ⑥ドラムとトライアングル ⑦トライアングルのみ。
(ウィーンのジョルジュ・タハタの作ったグランドピアノ)①バズーン ②ドラム ③ピアノ ④フォルテ。
(エラールが1801年に作ったナポレオンのピアノ)①ウナコルダ ②バズーン ③フォルテ ④ピアノ ⑤ドラムとトライアングル。
(フランスのパペが1826年に作ったスクエアピアノ)①フォルテ ②ソルディーノ(ハープストップ) ③バズーン ④ピアノ。
(ニュールンベルグのキッセルシュタインが1831年に作ったジラフピアノ)①フォルテ ②オクターブカプラー=最低音のFからe'まで ③オクターブカプラー=e'からf'''まで ④ピアノ ⑤ピアニッシモ ⑥ウナコルダ=グラスハーモニカとそっくりの音が出た。
 このように邪道に走ったピアノも作られたが、18世紀から19世紀初めにかけての大部分のピアノのペダルは次の仕様で作られていた。
 グランドピアノ=フォルテとウナコルダ。
 スクエアピアノ=ストップが二個ついており、片方は低音部のダンパー他方は高音部のダンパーというように別々に働くようになっていて、最高級のものにはリュートストップがついていた。

p47G.pngウェールスの皇太子に献上されたアップライトピアノ。R.ジョーンス作。1808年。

p49G.pngグラスハーモニカ 19世紀初頭のチェコスロバキア製。ガラスのコップのふちを濡れた指でこすると天国的に美しい音色が出るが、グラスハーモニカは写真で見る通り、薄いドンブリ鉢のようなものを横に並べて足で回転させて容易に演奏できるものであった。モーツァルトもこの楽器のための作品を残している。





改訂 楽器の事典ピアノ 平成2年1月30日発行 無断転載禁止


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