詳解 オペラ名作217 野崎正俊 より
フランスオペラ
H. Berlioz, Les Troyens 1856~58
トロイアの人々[全5幕]ベルリオーズ作曲
❖登場人物❖
アエネアス(T) ディド(Ms) カサンドラ(S) コレブス(Br) アンナ(A) ナルバール(B) パントゥス(B) アスカニウス(Ms) イオパス(T) プリアムス(B)他
❖概説❖
ベルリオーズの傑作といわれながら、あまりにも長大なオペラであるためになかなか上演の機会に恵まれなかった大作である。そのために1863年のパリ初演も、後半の三幕以降を「カルタゴのトロイ人」としてようやく上演されたものである。
1899年には前半の「トロイアの陥落」がパリ・オペラ座で上演されたが、フランスでの全曲上演は1921年まで待たねばならなかった。なお、ベルリオーズは完成後も楽譜にしばしば手を加え、現行の版が出来上がったのは1863年である。
「トロイアの人々」
第一部「トロイアの陥落」
第一幕
トロイの城壁の外。ギリシャ軍は十年間トロイの町を包囲したが、陥落させることができずに突然引き揚げた。喜んだトロイの人々が城外の野原に出ると、ギリシャ軍の陣地跡に大きな木馬が残されているのを見つけて、城内に引き入れようとする。
トロイの王女で預言者のカサンドラは不吉な運命を予告するが(「不幸な王よ!」)、神々に忌避(きひ)された彼女の予言は誰にも信じてもらえない。そこに彼女の婚約者でアジアの王子コレブスが現れて、皆と一緒に勝利の祝宴に参加しようと彼女を誘う。カサンドラは、トロイは破滅してコレブスも殺害されてしまうから今夜にもここを立ち去るように忠告するが(「私たちを置いて今夜にも立ち去って」)、コレブスは聞き入れない。
トロイの戦士や王族たちが神に勝利を感謝し、舞いが繰り広げられている。夫エクトルの戦死を嘆く妻の姿に人々は涙を流すが、カサンドラはまだこれから多くの涙が流されるだろうとつぶやく。
突然トロイの英雄アエネアスが現れて、木馬を燃やそうとした神官ラオコーンが海から現れた二匹の大蛇に飲み込まれたと伝えるので、人々は神の怒りに違いないと恐れる。そして木馬を神に供えようとして城壁を壊し、神殿の前に引き入れる。すると木馬の中から武器がぶつかり合うような音が聞こえるが、人々はこれは良い前兆だと勝手に納得する。一人カサンドラは、これでトロイは破滅すると叫ぶ。
第二幕
第一場 アエネアスの宮殿。アエネアスが眠っていると戦死したエクトルの亡霊が現れ、トロイはもうギリシャ人に占領されたから、早くイタリアへ行って新しい帝国を築くよう告げる。
そこに傷ついた友人の神官パントゥスがやって来る。彼は木馬からギリシャ兵が出て来て、トロイ人の虐殺を始めていると告げる。コレブスも現れ、城内の一部はまだ持ちこたえていると報告するので、アエネアスは反撃を試みようと叫んで戦いに向かう。
第二場 プリアムス王の宮殿。トロイの乙女たちが奴隷になって恥ずかしめを受けるのを恐れ、祭壇に祈っている。カサンドラが現れて彼女たちを励まし、アエネアスがプリアムス王の秘宝を持って宮殿を脱出して、イタリアに新しい王国を築くだろうと神託を告げる。
しかしカサンドラ自身は、婚約者コレブスが死んだ今、自分は彼の後を追って死ぬと言う。そこにギリシャ兵が踏み込んで来るので、カサンドラは自らの胸に短剣を刺し、他の乙女たちもカサンドラにならう。
第二部「カルタゴのトロイ人」
第三幕
カルタゴのディドの宮殿。民衆が女王ディドの栄光をたたえている。ディドは国歌とともに姿を現すと、かつて夫を殺された後テュロスを脱出して、ここにカルタゴを建国して七年経った歴史を語り(「愛するテュロスの民よ」)、民衆に感謝する。大工、水夫、農夫たちのパレードが進行して祝典は終わる。
妹アンナがディドに再婚を勧めるが、彼女はその気にならない。そこに、見知らぬ艦隊が遭難して女王に慈悲を求めていると報告される。ディドは自分もかつて海をさまよったのを思い出し、彼らを保護しようと決意する。
遭難したのはイタリアへ向かう途中のトロイ人の一行で、その中に水夫に変装しているアエネアスがいる。ディドが彼らと会っていると、大臣ナルバールが取り乱して現れ、ヌミディア人が侵攻して来たと告げる。アエネアスは変装をかなぐり捨てて名を名乗り、女王のためにカルタゴ防衛に戦おうと申し出る。
第四幕
第一場 王の狩りと嵐——無言劇。ヌミディア人たちを撃退したアエネアスは、ディドと狩りに出かけて途中で嵐になる。嵐を避けて二人は洞窟(どうくつ)に入る。外では森のニンフが踊り、二人の愛の抱擁を暗示する。
第二場 海に面したディドの庭園。アンナはディドとアエネアスとの結婚を望むが、ナルバールはカルタゴの将来を憂いて、アエネアスはイタリアへ行く運命にあると言う。
戦勝を祝う華やかなバレエが踊られるが、心が沈みがちのディドは詩人イオパスに田園詩を朗読させる。ディドはさらにアエネアスにトロイの物語を所望し、トロイの話を聞くうちにようやく彼女の心は落ち着く。
人々が去った後、二人は月光の下で愛の二重唱を歌うが(「陶酔の夜…限りない恍惚(こうこつ)の夜よ」)、そこにメルクリウスの神が現れ、アエネアスにイタリアへ行くよう命じる。
第五幕
第一場 トロイの艦隊がいる港。水夫ヒュラスが望郷の歌を歌っている。パントゥスとトロイの隊長が、これ以上出発を引き延ばすと神々の怒りに触れると言っているところに亡霊が現れて、イタリア行きを催促する。
アエネアスが一人ディドとの別れを歌っていると(「ああ!最後の別れの時が来たならば」)、ディドが駆けつけて翻意を迫る。しかしアエネアスは、亡霊に促されて船に乗り込む。
第二場 ディドの部屋。アエネアスをあきらめ切れないディドは、アンナとナルバールに、もう一度アエネアスに考え直すように伝えに行って欲しいと頼んでいる。
そこにイオパスがトロイ人が出港したと知らせに来る。ディドは不実なトロイ人の憎い思い出を焼き尽くして自分も死のうと決意する(「さらば、誇れる国」)。
第三場 海に面したディドの庭。火葬の薪(まき)が山と積まれ、人々はアエネアスを呪っている。ディドは薪の山の上に登って不幸な思い出の品々を炎に投じるが、やがて復讐(ふくしゅう)者ハンニバルの到来を叫んで剣で自らの胸を刺す。
アンナが薪の山に駆け上ってディドを助け起こそうとするが、ディドはカルタゴの滅亡とローマの不滅を叫んで息絶える。人々のアエネアスを憎む大合唱で幕となる。
「トロイアの人々」
Reference Materials
初演
1890年12月5,6日 カールスルーエ(ドイツ語版)
第2部「カルタゴのトロイ人」のみ1863年11月4日 リリック劇場(パリ)
原作
プブリウス・ウェルギリウス・マロ/「アエネイス」
台本
エクトル・ベルリオーズ/フランス語
演奏時間
第1幕61分、第2幕24分、第3幕46分、第4幕58分、第5幕52分(デイヴィス盤CDによる)
参考CD
● ヴォイト、ポレ、レイクス、キリコ、ペラギン、クルティス/デュトワ指揮/モントリオール響・唱(D)
● ヴィッカーズ、ヴィージー、リンドホルム、ベッグ/デイヴィス指揮/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管・唱(PH)
参考DVD
● ノーマン、トロヤノス、ドミンゴ、モンク、タイヨン、プリシュカ/レヴァイン指揮/メトロポリタン歌劇場管・唱(DG)
● ポラスキ、ヴィラーズ、ブラウン、ナエフ、ロイド/カンブルラン指揮/パリ管、ウィーン国立歌劇場唱(Art)
ショパン別冊 詳解オペラ名作217 2013年12月発行 無断転載禁止