横山幸雄ピアノQ&A 136 から Q9 ピアノ演奏の基礎を固める作曲家

HOME > メディア > コラム > 横山幸雄ピアノQ&A 136 から Q9 ピアノ演奏の基礎を固める作曲家
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Q9. 他の作曲家の曲もいろいろと弾きたいと思っているのに、レッスンではいつもバッハの平均律とベートーヴェンのソナタ、それにショパンのエチュードをさらうように言われます。

 

 僕らが耳にしているクラシック音楽のほとんどが調性のある音楽であることでわかるように、多くの人にとって調性があることで音楽を理解し、また心地よいと感じたり感動したりしているのではないかと思う。そんな調整音楽だが、長い長い音楽の歴史の中では、かなり最近になって登場したもので、それは平均律の発見とともにバッハの時代のことである。細かいことはその分野の専門書におまかせするとして、一オクターヴを十二等分して音列を作るという平均律は、あらゆる調性への転調を可能にしたし、それをいち早く取り入れたのがバッハ(1685−1750)である。そういうことからもバッハをいわゆる「西洋クラシック音楽」の原点ととらえることができる。
 だから、バッハは音楽を勉強している人にとって非常に普遍的なものであり、また後の作曲家にとっても立脚点となっているとも言えるだろう。またバッハ以外にもヘンデルやスカルラッティなどが活躍していたバロックの時代から古典派にかけては、「形式、造型、構成など形の美しさ」に重きが置かれていた。後の時代になると人間の感情や感覚がもっと深く音楽の中に入り込むようになる。

 バッハに限らず後世に名を残す大作曲家というのは、基本的にはその時代のスタイルの中で作曲しつつも、そんな狭苦しさを微塵も感じさせず、作曲家自身が意識していたかどうかはともかく、他人には決して真似のできない独創性を持っている。そしてその時代のいわゆる知らせざる作曲家の作品を聴いて、曲のスタイルや作風から時代を感じ取ることはできてもどこか平凡な印象を持つのと比べて、大作曲家の作品は強い印象と説得力を持っている。だから、調性音楽の原点としての勉強ということで考えれば、何もバッハでなくとも他のバロックの作品でもよいわけだが、せっかくなら少しでも偉大な芸術に触れようと、皆がバッハの勉強をするわけだ。

 さて、バッハからベートーヴェン(1770ー1828)の活躍した時代までには約百年の経過があるが、人間的なエネルギーが曲に直接表されるようになったのはベートーヴェンの時代からだ。この時代以降の音楽は、宗教儀式や王侯貴族の娯楽としての役割から、哲学的また芸術的な側面が強く意識されるようにもなった。
 楽器との関連で見れば、ピアノが登場したのはバッハが亡くなる直前ぐらいであるが、ピアノ音楽を考えたときの原点に当たるのがベートーヴェンだろう。ちょうどその時期にいみじくもピアノ製作が最も発展を遂げたが、それは彼が一生涯にわたってほぼコンスタントに書いたピアノソナタの変遷に表れている。つまり、一人の作曲家と一つの楽器が同時に成長していったのであり、それだけ楽器と作曲家の密接な例は他にないくらい、ピアノ音楽を語る上で重要な作曲家と言える。ピアノででき得る魅力、ピアノの可能性の幅を押し広げた存在だったのだ。

 そしてベートーヴェンの壮年期に生まれてきたのが、メンデルスゾーン(1809ー1847)、シューマン(1810-1856)、ショパン(1810ー1849)、リスト(1811ー1886)らの世代で、ベートーヴェンとの間には四十年ぐらいしか年代の開きはない。だがピアノという楽器を通してみたときに、バッハからベートーヴェンまでの音楽のスタイルの変化よりも、ベートーヴェン以降ショパンの世代までの音楽の変化のほうがより大きいと思う。これはつまりベートーヴェンからショパンまでの時代が、最もピアノという楽器が発展しそれと共に多くのピアノ曲が書かれ、急速に円熟期へと向かった時期だからだ。そして多くのロマン派のピアノ作曲家たちの中にあっても、とりわけショパンとリストという二人の作曲家がピアノという楽器の表現を完成させたと言ってもいい。言い換えれば、ベートーヴェンによって押し広げられた可能性を集約する形にまとめたのが、ショパンであり、リストだ。

 ベートーヴェンは生涯にわたり弦楽四重奏や交響曲を書き、それと同時にピアノソナタを書くという、つまり大きな三本柱がある中でピアノ曲を作曲しており、それぞれは非常に密接な関わりを持っている。そして、リストはベートーヴェンのシンフォニー全曲やさまざまな作曲家の歌曲やオペラをピアノに編曲していることでわかるように、ピアノというのがオーケストラにも匹敵するようなことがたった一台でできてしまうということをダイナミックに示した。

 逆に、ピアノという楽器の持っている一つの宿命である「音が減衰してしまうこと」つまり「楽器を人の声のように自在に歌わせることができるか」という弱点を見事に克服したのがショパンだと思う。彼の場合は、「よりシンフォニックに」というリストのような方向に向かうのではなく、ピアノでしかできない表現、より繊細な表現と人間の声に近い表現というものを目指していた。

 後の作曲家に関して言えば、大まかにいってこの二人の発展型や進行型に置き換えられるような気がする。

 以上のような理由からピアノを勉強する上でバッハ、ベートーヴェン、ショパン、リストというのはあらゆる局面で何度もやることになるのだ。このあたりをちゃんと押さえておけば、他の作曲家の作品も十分手の届くところになるし、逆にこのあたりの基本が足らないと、何を弾いてもうまくいかない可能性が高いとも言えるだろう。

 「横山幸雄ピアノQ&A136 上 part 1 ピアノの楽しみ」より

もくじへ

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 
KAWAI
YAMAHA WEBSITE